真夏の夜の・・・編・16



体調を崩す前から三城と身体を合わせていなかった事もあり、久しぶりの彼の体温はなんとも心地良い。

懸命に声を押し殺しながらも恭一の中で三城が性を放ってようやくその行為は終わりを迎えた。

いつもとは違うシチュエーションが作用したのだろうか、SEXの最中は廊下を誰かが通る音も気にならず、まるで交際を始めたばかり頃のように初々しい気持ちだった。

けれど。

いくら最中が幸せでも、達した後の開放感もつかの間、その直ぐ後に襲い掛かる罪悪感は開放感の何倍も強かった。

ここは病院だというのに。

シティーホテルでもましてやラブホテルでもないというのに。

これでもかと声を殺していた甲斐あり誰にもばれはしなかったようであるが、だからこそそれまでと変わらない笑みで看護を行ってくれる看護師や医師に心苦しくて仕方がなかった。

その晩行為の疲れからぐったりとする恭一に盛岡は親身に心配をしてくれたが、その一言一言が申し訳なさから胸に突き刺さる。

最後には『眠るから』と盛岡を追い払ってしまったほどで、その己の言葉の冷たさにも余計に落ち込んだ。

そういった事もあり、翌日の土曜は一日中三城が病室に来てくれたもののキス以上のふれ合いはなかった。

三城にしても多かれ少なかれ思う所はあったのだろう。

昨日の行為についてからかう言葉は口にしたが、それもほんの僅かな間だけであった。

「もうすぐ、かな・・・」

この数日ですっかり三城との連絡専用として定着したスマートフォンで時刻を確認する。

液晶画面のデジタル時計は今が午後一時を少し回っていると知らせた。

今日は日曜であるが、三城は会社に顔を出してから来ると言っていた。

もう恭一が三城に『来なくて良い』という事はない。

だからといって『来てほしい』とも言いはしないが、来てくれるというなら素直に喜んでいる。

「何しよう。落ち着かないな」

もうすぐ三城が来ると思えばそわそわとしてしまい、昼食も過ぎ何も手が着かない。

あの日三城が持って来てくれた佃煮らは、さすが彼が選んだだけありどれもうまかった。

もしも三城が入院したとしても、恭一は見舞いの品に気に利いた物を選べる自信はない。

「ただ待ってても仕方ない、か」

ベッドに腰掛けていた恭一は、バタリとそこへ背中から倒れ込む。

見上げた天井は白くいかにも病院らしい。

何もない天井を見つめていても楽しくはなく、ふと瞼を閉ざした。

「・・・」

しかしそれもつかの間。

小さな音が聞こえたかと思うと、恭一は反射的に身体を起こした。

「・・・ぁ」

「寝ていたのか?」

「ううん、目瞑ってただけ」

「なんだそれは」

「待ってた、から。春海さんを」

病室の扉をスライドさせ入室したのは、唯一の待ち人。

休日でも違わずスーツ姿の三城は、苦笑に似た微笑を浮かべ恭一の元へ歩みを進めた。

今日も三城の手には紙袋が握られている。

毎日見舞いの品など結構だと言いはしたが、それも彼に『恭一が気にする事ではない』と言われたのでありがたく受け取っていた。

「春海さん、今日は何持って来てくれたの?」

「コーヒーのブラマンジェだ。以前買って帰った事もあるが、恭一好きだと言っていただろ?」

「うん、ここのおいしかったね。覚えててくれたんだ」

「恭一の事ならなんでもな」

ふと三城が不敵な笑みを浮かべる。

恭一は三城のその顔が一番好きだ。

指定席となっている椅子に座れば、三城は紙袋をベッドに腰掛ける恭一の膝に置いた。

「母さんの帰国は今週半ばだそうだ。入院と被らなくて良かったな」

「あ、そうなんだ。・・・っていうかお義母さん、海外に行ってらっしゃったんだ」

「言わなかったか?」

「聞いてないよ」

「そうか。なんでもヨーロッパの方の友人とバカンスだそうだ。恭一が入院したと母さんに言わなければ後々煩いし、言えば言えばで騒ぐだろうからな。直ぐには来れない距離であったのは良かったな」

「へぇ・・・」

たかだか虫垂炎での入院だ。

騒ぐ程だとは思えないが三城が毎日顔を見せるまでに心配をしてくれたのだ、沙耶子にしても心配をしてくれそうだ。

恭一にはもう両親はいない。

けれど、こうして三城や沙耶子が居てくれる。

そう思えば胸が熱くなった。

「早く退院したいね」

「あぁ。だが帰っても無理はするなよ。仕事も程々にしろよ」

呆れたように言った三城は、けれどその瞳は笑っている。

今、この時が幸せだ。

「そうだ、これ食べようか」

「あぁ」

「良いね。春海さんとこうやってのんびりするのって。ここが病院だって忘れちゃいそう」

「そんな事を言っていいのか?」

「え?」

「ここが病院だと忘れると言うなら、もっと忘れさせてやると言っているんだ」

紙袋の中身を取り出そうとした恭一は、三城の手が頬に触れられたのを知る。

咄嗟に顔を上げれば、三城はいやらしげにニヤリと笑っていた。

此処が妙院だと忘れそうだと言ったのは比喩だ。

実際には忘れられないし、現実がそうなるわけでもない。

そして、今三城が何を示しているのかを察しれば、恭一はカッと頬が熱くなるのを感じた。

「は、春海さん・・・」

「冗談だ。また手を出せば今度こそ恭一が怒るだろうからな」

「そりゃ、もう・・・」

あの日から看護師にも医師にも恥ずかしくて申し訳なくて仕方が無かったのだ。

それをまた繰り返すなどしたくはない。

紙袋に手を差し込んだまま言葉を続けられずにいる恭一に、三城は楽しげに笑うとただその手を引いたのだった。



  
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