真夏の夜の・・・編・17



一週間というのは短いようで長く、けれど過ぎ去り振り返ってみればあっという間だと感じる。

恭一が緊急入院をしてちょうど一週間が経ち、晴れて退院となった。

手術の経過も好調で問題はないという。

帰宅後も変化がなければ、処方されている薬を飲み二週間後に診察に訪れ終わりだ。

「恭一、忘れ物はないか」

「ないよ。そんなに物も多くなかったし」

「そうか。なら行くぞ」

「うん」

一週間世話になった病室を眺めていた恭一は、入院道具一切の入った大型の紙袋を持ち病室の出口から声を掛ける三城を振り返った。

平日の昼間にも関わらず、三城は恭一の退院に付き添いに来てくれた。

一日を休める人ではない。

恭一を自宅に送り届けた後、三城は会社に戻るのだと言っていた。

退院の為の諸々の手続きを行ったのも三城だ。

なにもかも三城の世話になってしまったが、けれどそれもまた一年前を思い返す一つとなっている。

「服着るのも久しぶりで照れくさいね」

「なんだそれは」

「去年もこんな感じだったね。平日なのに春海さんは来てくれて。手続きもしてくれて、荷物も持ってくれて」

「そうだったか?忘れたな」

無愛想に言い捨て、三城はさっさと病室を出た。

けれど、何事に対しても恭一よりも記憶力の良い三城が忘れるとはとても思えない。

彼はきっと忘れていないのではないか。

そう思えばそれがどことなく可笑しくて、恭一は大股で三城の背を追った。

「春海さんでも照れたりするんだ」

「何を言っている。何も照れる事などないだろ」

「そうだけど。だったら何で忘れたとか言うの?」

「忘れたものは忘れた。嘘ではない」

「春海さんが忘れる筈ないよ。僕よりずっと記憶力が良いんだしさ」

「買いかぶり過ぎだ」

歩みの速度を変えない三城と並んで歩く。

本当に三城は忘れたのだろうか。

確かにあの日も大した事をした訳ではない。

けれどそれまで病院のそれも病室という限られた空間の中でしかなかった二人が、外で顔を合わせる。

それが一つの区切りとなった日だった。

元々ゲイの恭一と、ノンケの三城と。

三城が見舞いの為に病院に通うというのがなくなれば二人の関係にどのような変化が訪れるのか、不安も抱えていた。

「ま、仕方ないか」

いくら自分が特別だと考えていたところで、そこにあったのは気持ちの変化だけだ。

そこで何が起こった訳でもない、そう考えていると、エレベーターホールへと向かう角で不意に三城が足を止めた。

「今日はしてくれないのか?」

「へ?なに?」

「恭一も忘れているみたいだな」

「え?・・・・ぁ」

それだけを言い三城は再び歩き出す。

やはり三城ははっきりと、それも今の今まで恭一が忘れていた事すら覚えていたようだ。

「待って、春海さん」

恭一らが歩いてきた廊下が真っ直ぐに続く真ん中に作られたエレベーターホール。

いつ誰が訪れるか知れない、ただ今は無人のそこで、恭一は早足で三城の正面に向かうと───背伸びをして三城の唇に唇を重ねた。

「・・・思い、出した」

「という事は忘れていたんだな」

「・・・」

「冗談だ。俺も嘘をついたしな。おあいこだ」

「春海さん・・・」

あの日。

三城が迎えに来てくれたと嬉しくてはしゃいだ恭一は、病院の廊下で三城の唇を奪った。

病院を出てしまえば三城との時間は夢となり消えてしまうかもしれないなどと馬鹿げた事を考えていたのだとも、ようやく思い出せた。

けれど今はもう、何も心配をする必要などはない。

今日も明日も、三城は二人の家に帰って来る。

それさえ解っていれば十分だ。

「あの、迎えに来てくれてありがとう」

「当然だ。そうだな、今日は恭一の退院祝いで食事でも行くか」

「え、良いの?春海さんお仕事・・・」

「そうでもしないと、さっそく料理だなんだと恭一は家の中を歩き回るだろう。そう思えば心配で仕事も捗らない。なら、恭一と外食をした方が余程有効な時間を使えるという事だ」

「・・・ありがとう。うん、楽しみ」

「帰ったら大人しくしておけよ」

「うん」

下行きのエレベーターが到着する。

無人のそこに促され恭一は先に乗り込んだ。

一年前と同じ想いと、違う気持ちと。

多分その多くは良い方へと変化しているのだろう。

「あ」

「どうした」

「じゃぁ、今日はつき合って一年のお祝いだね」

「まぁ、そうなるな」

「益々楽しみ」

そしてこれから、まだ知らない二人で巡る二度目の季節を迎える。

きっとそれは同じ物でも違う風に見えるのではないか。

そう思えば、何気ない日常すら楽しく思えた。

無人のエレベーター。

一階に到着するまで二人は互いの指を絡ませあったのだった。



【完】


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