真夏の夜の・・・編・02



三城は八月の下旬に最低でも一週間はサマーバケーションを取り、恭一もその頃に合わせて休みを確保すると約束を交し合った。

互いにまだ休みを取れるという確定はない。

だからこそ、休み確保の為にも日々の仕事が頑張れるというものだ。

休みが取れれば、何をしよう。

不確定な予定である為旅行のスケジュールは組めそうにないが、日帰りで行ける場所に色々行ったり、自宅でのんびり過ごすのも良いかもしれない。

楽しい想像が膨らむ。

そうして恭一は毎日少しでも多くの仕事をこなしたいと意気込んでいたのだが、しかしその矢先、夏バテだと思っていた恭一の体調不良が急速に悪化を見せていた。

ダルさを覚えた翌日には胸やけのようなムカつきが起こり、更にその翌日には腹痛と発熱も発症している。

それでも市販の薬を飲んでいれば治るだろうと考えていた恭一は学校に行き仕事をしていたが、発熱から三日、とうとう三城にきつく注意をされようやく病院に訪れていた。

「・・・夏休みで良かったな」

自宅から車で暫く行った先にある総合病院の内科受付前の長椅子に座った恭一は、天井を見上げる恰好で瞼を閉ざす。

学校に仕事はあるし、やらなければならない事はまだまだあるが、平日の昼間に病院に掛かれたのは幸いだ。

素人判断でただの夏バテだと考えていたが、これは果たして本当に夏バテの症状なのだろうか。

風邪かウイルス系の何かかも知れないが、何にしても薬を飲んで直ぐ治れば良い。

「取りあえず今日は休みだな・・・」

今日は特に体調が優れず、仕事も家事も出来そうにはない。

いつもの起床時間にベッドから降りる事すら出来なかった恭一は、布団に包まったまま三城を見送った程だ。

食欲もなく朝食を食べていないので薬も飲んできていない。

熱から来る熱いため息を吐いていると、マイクアナウンスが聞こえた。

『三城恭一様、1番へお入りください』

「・・・、はい」

まだ聞きなれたとは言い難い本当の名前に少し照れながらも、けれど今はそれどころではなく恭一は痛む脇腹を抑えながら立ち上がった。

腹痛は吐き気と頭痛も連れてくる。

たった数メートルの距離に苦しみながら、複数並ぶ診察室の一番端の部屋に入ると恭一は患者用の丸椅子へ腰を下ろした。

「どうされました?」

「数日前から胸やけと腹痛と発熱が続いていて」

「数日前?どうして直ぐ病院来なかったんですか」

「仕事が、あったので・・・市販の薬で治るかなって・・・」

昨晩散々三城に叱られてきた内容だ。

市販の薬だけで数日で治ると思っていた己の認識の甘さは反論の余地はない。

「で、腹痛は下痢気味ですか?」

「いえ、そういう感じではなくて」

ドクターチェアに座るのは中年の男性医師だ。

ふと見た白衣の胸ポケットには、秋元[あきもと]という名とその横に『内科部長』という肩書の記されたバッチが付けられていた。

「どの辺が痛いですか?・・・ここ、・・・ここ」

「えっと・・・はい、その辺りです・・・っ」

秋元の手が、恭一の腹部を探る。

右の一点を押されると離された途端強い痛みを感じ、恭一は思わず息を呑んだ。

喉が詰まる程痛い。

これが医師でなければ、咄嗟に突き飛ばしていただろう痛みだ。

「ここですか」

「はい」

「ここは・・・まぁ、とりあえず血液検査とCT撮っておきましょうか」

「あ、はい」

電子カルテなのだろう、秋元がキーボードでパソコンに打ちこんでいるのを横目に、恭一は僅かながら驚いていた。

問診だけで簡単に結果が解り薬が処方される程度だと漠然と考えていたので、まさか血液検査とCT検査と言われるなどと思ってもみなかった。

「じゃぁ、検査してまた戻ってきてください」

「解りました。ありがとうございました」

腹を抱え立ち上がったると、書類の挟まれたクリアファイル手に看護師が診察室の外から声をかける。

此処から検査室まで歩くのも大変だ。

「三城さん、こちらにお願いします」

「はい」

検査やその結果が出るまでには時間が掛かるだろう。

今日が授業のない夏休みで本当に良かったと思いながら、恭一は教えられた検査室へ向かったのだった。


****

病院に到着してからどれ程時間が経ったのか、時計を見る気力も起こらない。

ただ腹の痛みは強くなるばかりな気がして、早く薬が欲しいと思う。

そうしている内に血液検査もCT検査も結果が出たらしく、恭一は再び診察室へ呼ばれていた。

「結果出ました」

「はぁ・・・」

「これは、どうみても虫垂炎ですね」

「虫垂炎・・・?」

「一般的に盲腸炎と呼ばれてるものです」

「───盲腸?」

秋元が白いボードにCT写真を貼る。

内臓の写されたモノクロの写真は恭一にはよく解らなかったが、その脇腹辺りを秋元は指した。

「ここ、解りますか?結構進んでますね」

「そう、ですか。薬で散らすという・・・」

「ここまで進行していたら、薬で散らしたとこで直ぐ再発する可能性が高いですね。今のうちに手術するのをお進めます」

「そうですか、・・・わかりました」

時間に余裕がある訳ではない。

だが夏休みが過ぎ通常の授業になり直ぐに再発してしまえば、そちらの方が困った事になる。

どう考えても、今の内に手術をする方が得策だ。

強くなる腹の痛みに耐えながらも、夏休みがこれで無くなるなとふと脳裏を過ってしまったのだった。



  
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