真夏の夜の・・・編・03



数日前から恭一が体調を悪そうにしていたので三城は心配をしていた。

だがその心配は、辛いと言いながらも休もうとしない恭一への怒りへと変わるのは直ぐだ。

食欲がない、腹が痛いと言いながらも病院にも行かず、市販の薬を飲みながら学校へ行き仕事をしている。

もしもそれが自分の立場であれば、同じ事をしていたかもしれない。

だが三城にしてみれば、自分を高い棚に上げてでも恭一の不調が心配なのだ。

初めの数日こそ見守ってはいたが、一向に治る様子がないどころか悪化をしているようにしか思えなくなった恭一に、三城は昨晩きつく言いくるめていた。

絶対に病院に行け。

なんなら今からでも緊急病院に連れて行く。

深夜近くの時刻ではあったし、疲れていないと言えば嘘にはなるが、アルコールは飲んでいない為問題はない。

真剣な眼差しの三城に恭一はその言葉が冗談ではないと察してくれたのか、ようやく明日必ず病院に行くと約束をしてくれた。

それまで市販の薬で治ると思っていた恭一だ。

いきなり救急病院に駆け込むのは大げさだとでも思っているのだろう。

恭一はいつも自分自身を軽く見過ぎているし、三城の恭一への想いすらも軽くみられている気がする。

だが現実は恭一が考えている何倍も、恭一は三城の生活の中枢を担っているというのに。

「・・・一人で行けたのか」

今朝のぐったりとした様子から学校に行く事はないと思えるし、出かけに釘も刺しておいたので病院にも行くだろう。

しかし、一人で病院にたどり着けたのかは不安だ。

こんな事ならば昨晩無理にでも自分の手で病院に連れて行っていれば良かったと考えてももう遅い。

今朝はどうしても抜けられない会議があり、落ち着いた時には今、昼前であった。

今頃恭一はどうしているだろうか。

タクシーを使えとわざわざ言っておかなかったが、まさか自分の運転で病院に行っている事はないだろうか。

心配は心配を呼ぶ。

だが、だからといって公私混同は自尊心が許さない。

「・・・昼休みにでもなったら、連絡を入れるか」

病院にいれば電話には出られないかもしれないが、メールならば短文でも返せるだろう。

恭一の事だ、夕食が作れないだなんだと余計な心配をしていそうなので、今は自分の事だけを考えておけと言っておかなくては。

一つ息をつき三城はパソコンに向かった。

それから暫くした頃である。

スラックスのポケットの中で、携帯電話が着信に震えた。

「・・・なんだ」

仕事用の携帯電話はワークデスクの上に置いている。

ポケットにあるのはプライベート用だ。

普段は日中鳴らされる事のないそれに、三城はいぶかしげに眉を寄せた。

この携帯電話の番号を知っている人物はそう多くはない。

そして一番使用率が高いのは恭一だ。

恭一にしてもいつもならば三城の仕事中に電話を掛けてくる事はないのだが、急ぎであれば時間など構うなといつも言っている。

特に今日は恭一の体調不良もあるのでその関係かもしれない。

恭一からの電話だと確信に近いを持ち、三城は携帯電話を手に取った。

「・・・」

しかし取り出した携帯電話の液晶を目にした途端、眉間の皺はより深められた。

見知らぬ数列が並ぶ。

それはどうやら固定電話の番号のようで、登録者の名前も表示されなかった。

プライベート用の携帯は友人や親兄弟にしか教えていない為、登録外から掛かってくるなど殆どない。

出るか、出まいか。

今は仕事中だと思いながらも、三城は諦めたため息をつき通話ボタンを押した。

「もしもし」

『もしもし、三城春海様の携帯電話でしょうか?』

「そうだが?」

無意識のうちに不遜な態度となり、休息のついでだと煙草も取り出す。

だが煙草を咥えた三城は、火をつけるよりも先にその動きを奪われてしまった。

『私、永和[えいわ]総合病院外科の看護師で、曽根と申します』

「・・・」

二十代か三十代頃の女性の声を聞きながら、三城は冷静を保とうと煙草に火をつける。

だが胸を縛る緊張が、到底冷静に等させてはくれなかった。

永和総合病院。

そこは、昨晩三城が恭一に勧めた自宅から程なく行ったところにある総合病院だ。

その病院からこのタイミングでプライベートの携帯電話に着信があったというのは、単純に考えて恭一絡みではないだろうか。

恭一に何かがあった。

そう思うと、相槌すら言葉にならない。

『お時間少々よろしいでしょうか。三城恭一様が緊急入院となりましたので、ご家族の方に───』

「入院・・・?」

病院から電話があったのだ。

楽しい話しではないだろうし、入院を伝えられるという可能性の大きさも考えていなかった訳ではない。

ただ、実際にそれを耳にした時の衝撃が予測以上だっただけだ。

『先生から手術のお話がありますので出来れば・・・』

「手術を、するのか?」

『はい。詳しいお話は病院で先生からございますので。何時ごろに来られるでしょうか?』

咄嗟に袖の下の腕時計に視線を向ける。

今は昼前。

この後暫く約束はなく、宵の口の頃海外の取引先と電話会議があるだけだ。

それまでの仕事は、何とでもなる。

「今すぐ・・・一時間以内に到着する」

『解りました、先生にそのようにお伝えします。病院に到着されましたら総合受付で患者様のお名前をお伝えください』

「解った」

火を付けただけで吸っていない煙草を灰皿に押し付け、携帯電話の通話を切ると三城は内線電話に手を伸ばした。

ある程度の時間くらいいつでも作れる。

その為に日々職務に勤しみ、それだけの立場を手にいれたのだ。

今こそそれを使わずしていつ使うのだと、三城は内線で北原を呼びつけると帰り支度を始めたのだった。






  
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