真夏の夜の・・・編・04



痛み止めの注射を打ってもらった為少しは楽になったものの、それでも完全に痛みがなくなる訳ではないと恭一は病室のベッドの上で浅いため息を吐いた。

「っ・・・・はぁ・・・」

こんな事になるなど、今朝は考えてもいなかった。

入院が決まり病室へと案内をされ現在に至っている。

入院の準備の為一端家に帰りたいと行ったのだが、家族と連絡が取れたから不要だと看護師に言われてしまった。

今着ているのは病院指定の入院着。

他に急ぐ物はないものの、しかし多忙な三城を使うのは気が引けた。

出来る限りの事は自分でしたいのだが、病人には優しくもあり厳しくもある看護師は『家族が来るから』の一点張りだ。

窓の外を見れば、さんさんと降り注ぐ夏の太陽をどこかとても遠くに感じた。

「春海さん、面会時間までに間に合うかな・・・」

この病室はナースステーションの斜め向かいに位置する四人部屋である。

短期間の入院の為大部屋で十分だ。

全てのベッドの周りには間仕切りのカーテンが引かれその奥は伺いしれないが、病室の入り口には既に三人分の名前が記入されていたので恭一が入った事で満室となったようだ。

大部屋は面会終了時間に厳しいと聞く。

そしてその面会終了時間は午後7時で、普段の三城ながら大抵まだオフィスに居る時間だ。

家族の名前と連絡先を聞かれたので三城のそれらを教えたが、まさか呼ばれるとは考えてもいなかった。

家族には先生から病気と手術についての説明がされるというが、たかだか盲腸。

己も良い年をした大人なのだから自己判断で十分に思えた。

「はぁ・・・っつぅ・・・・」

つい油断をしてため息をつけば、酷い痛みを感じる。

楽しみにしていた夏休みはこの入院で消化してしまいそうだ。

手術はこの後夕方16時から。

特に問題がなければ、早ければ明日、長くても一週間程度で退院となるという。

幸いこの一週間の日程に出張や研修などデスクワーク以外の予定がなかったのは幸いだ。

しかし出来れば、早く退院して少しでも三城と過ごす夏休みを確保する為仕事をしたい。

デスクワークであれば出来そうだ。

そうしてぼんやりと天井を見ていると、不意に何の前触れもなくベッドの周りを囲うカーテンが音を立て開けられた。

「・・・ぁ」

「恭一」

「春海さん。え?どうして?」

中へ入るとカーテンを閉め、脇に立てかけていたパイプ椅子を広げる。

当たり前のようにそうする三城を、恭一は呆然と見つめた。

今はまだ昼を少し回った時刻で三城の職務中であるのは考える間でもない。

家族が来ると聞いてはいたが来れないか、来たとしてももっと遅い時間だと考えていただけに驚きは大きかった。

「どうして、とは随分だな。お前が入院・手術をすると言うから飛んで来たのだろ」

「だって、お仕事・・・」

「恭一が気にする事ではない」

「でも・・・」

三城は管理職だ。

平社員よりも時間の融通は出来るのかも知れないが、だが仕事が無くなる訳ではない。

今時間を作れたとしても後々しわ寄せを食らうのだ。

やはり三城を呼ぶべきではなかったのではないか、と考えていると、それが顔に出たのかベッドに横たわったままの恭一に三城は手を伸ばした。

「余計な事を考えているのだろ。恭一は気にするな、解ったな」

「春海さん・・・」

三城の手が、恭一の髪に触れる。

子供にするように頭を撫でられれば、それ以上言葉は続かない。

「で、どうなんだ?」

「どう、って?」

「具合だ。熱があるのか?苦しいのか?顔色はさほど悪くはないが・・・頭か?胸か?」

恭一の頭から手を離した三城は、代わりに顔を覗き込んだ。

いつもより鋭さの欠ける気のする眼差しは、不安の色を映している。

「あれ・・・病名、聞いてない?」

「あぁ。看護師から連絡があり医者から説明があるとだけ聞かされて来たからな。その医者は今は別の診察中で少し待つようにも言われ、とりあえず恭一のところに来たんだ」

「そっか。ごめんなさい、そんな大変な病気じゃないから」

「なんだそれは。手術をすると・・・」

「盲腸」

「盲腸・・・?」

「そう。夕方手術して、でも早ければ明日退院出来るから」

手術や入院とだけ聞かされてきたのなら、大変な病気だと思っていたかもしれない。

だからこそ仕事を放ってでも駆けつけてくれたのではないか。

だとするなら申し訳がないと、眉を下げ三城を見上げる恭一に、三城はため息をついた。

「何故恭一が謝る」

「え、だって心配掛けたし、仕事だって・・・」

「俺の仕事の事は気にするなと言っているだろ。心配はしたが・・・というよりも今でもしている。恭一はたかだが盲腸だと思っていそうだが、失敗が無い訳ではないんだぞ」

「そう、だけど・・・」

三城の言う通りだ。

たかだか盲腸。

失敗などする訳がないし、すぐに退院も出来る。

失敗した事例を聞いた事はあれど、それは自分ではないという考えていた。

認識の甘さは否定出来ない。

「・・・ごめんなさい」

ベッドの前に座る三城に手を向ける。

それを握り替えした彼は、ふと口元を緩めた。

「いや。あぁは言ったが俺も不安が減りはした。そうか・・・盲腸か」

「春海さん?」

「癌や・・・大病でなくて良かった。本当に・・・良かった」

手を握りあったまま、三城が小さく呟く。

彼はどのような思いで看護師からの電話を受け、此処へ駆けつけてくれたのだろう。

仕事を放棄してまで来てくれた、その彼の想いをようやく察せられ、恭一は握り合う手に力を込めた。

早く帰りたい。

その為にも手術が無事終わるように、経過が順調に進めように、頑張らなければならないなと思ったのだった。



  
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