真夏の夜の・・・編・05



三城が恭一の病室に来て程なくして、看護師が彼を呼びに来た。

「三城さんのご家族の方、先生のご準備が出来ました」

「解りました。じゃぁ、恭一。大人しくしていろよ」

「うん」

恭一が見送る中、中年の看護師に続き三城はベッドを囲うカーテンの向こうへと消えた。

すらりとした体躯の三城はベッドから見上げても目を惹くものがある。

「・・・春海さん」

腹痛に唸りながらも、男二人暮らしである事や日中に仕事を放り出して三城が駆けつけてくれた事から、もしも看護師らに二人が恋人同士であると気づかれれば眼差しが冷たくなるのではないかと恭一は危惧をしていた。

だが、苗字が同じである為に兄弟とでも思われたのか、プロである彼女らはそういった事に一切気にしないのか、看護師らの対応は極普通だ。

それに感謝を覚えたのもつかの間、恭一は奥歯を噛んだ。

「っ・・・はぁ・・・春海さんが居てくれた時は痛みを忘れていられたのにな」

病は気から、というが、精神的な面で一時的になら痛みも忘れられるようだ。

三城のいなくなったパイプ椅子を眺める。

まさかこんなにも早く彼が来てくれるなど思ってもいなかった。

余程心配もしてくれていたようで、三城に迷惑をかけたのを心底申し訳なく想いながらも、彼の気持ちはなんとも嬉しい。

もっとも『嬉しい』などと言えば彼は怒るだろう、などと考えれば笑いが漏れ腹が痛くなった。

「・・・話、長いな・・・」

時計を見ている訳ではない。

だからこそ、体感時間をとても長く感じてしまう。

何もする事が無いというのは時間の流れがとても遅く、痛みを伴っている現状は更にそれを増させる気がする。

目を閉じればまどろみはするが、ふとした時に襲い来る痛みから眠りに落ちるまではいかない。

酷く痛みを感じればナースコールを押せと言われてはいるが、それがどの程度の痛みであるのか判断が出来ず、継続的な痛みでない事やまだ耐えられると事から耐えてしまう。

そうして、まどろみと覚醒と痛みを繰り返し荒い息をする胸や鳩尾にも痛みを感じた頃、ようやく三城が病室へ戻って来た。

「どうだ、恭一。顔色が悪くなっていないか?」

「あ・・・大丈夫。春海さんの方こそどうだった?」

「あぁ。状態が悪い訳ではないようだな。手術も簡単なものになるらしい」

「うん」

恭一も簡単には医師から手術について説明を受けている。

『簡単』というのは語弊があるだろうか。

医師はしっかりと説明をしてくれていたのだろうが頭には入って来ず、ただ相槌を打っていただけだ。

しかし三城の性格を考えれば、恭一本人よりも深く質問をしていそうだ。

「そういえば入院だが」

「うん、早かったら明日───」

「一週間はしろ」

「え・・・」

ベッドから三城を見上げていた恭一は、僅かに目を見開いた。

三城なら、早く帰る事に賛同してくれると思っていたのだ。

言葉を続けずに居る恭一に、三城は憮然としたままパイプ椅子の上で足を組み替えた。

「早期の退院は自宅での安静が条件らしいな」

「そう、だけど」

「恭一が家で大人しくしているなどとは思えない。『安静』と良いながらも仕事や用事をする」

「しないよ」

「いや、する」

恭一自身の話だというのに、三城は断言的に言い切った。

少しの体調の悪さや風邪であれば『少しだけ』だと言いながら動いていたかもしれない。

確かに現状でも、デスクワークの仕事であれば問題ないのではないかと考えてしまっていた。

だが、早く完治する為の最低ラインは守るつもりだ。

不満だと眉を寄せた恭一は胡乱な眼差しで三城を見上げた。

「なんだ、その顔は」

「・・・春海さんは、僕が帰ったら嫌なの?」

「恭一」

「っ・・・」

本心ではない。

つい咄嗟に口を吐いてしまっただけだ。

だが一度出た言葉は取り返せず、今は謝る気にもなれなかった。

三城がそのような意図で言ったのではないというくらい解っているのだ。

だが、ベッドの向こう側に居る三城をとても遠くに感じてしまい、どうにも堪らなくなった恭一は彼から顔を反らした。

「誰がそんな事を言った。俺はおまえの性格を解っているんだ。今はしないと言ったところで、身体から痛みがなくなってみろ。勝手に判断をして動き回るに決まっている」

「でも・・・」

三城の言う事は、いつでも的確な正論である場合が多い。

だからこそ、今回の事も三城は正しいのだろう。

「恭一、そんな顔をするな。俺は別に恭一を邪険に扱いたい訳ではない」

「解ってるけど・・・」

「早く治して、早く帰って来い」

「・・・うん」

早く、帰りたい。

ベッドの中と外ではなく、一緒にベッドに入りたい。

背けていた顔を三城に戻すと恭一は腕を上げ、そして三城はすかさずその手を取った。

「待っている。俺も出来るだけ顔を出す」

「うん。ごめんなさい。変な事いっちゃって。なんだか、弱ってるね」

「普段健康な人間が病気になればそんなものだ。恭一は安心だけしていろ」

「ありがとう」

普段健康な人間が病気になれば、それは周囲の人間も同じなのだろう。

手を握り合ったまま、三城は口元を緩める。

今日の三城は、いつもよりもずっと甘やかしてくれる気がしたのだった。



  
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