真夏の夜の・・・編・06



手術を終えるまで付き添うと三城は訊かなかった。

病院に駆けつけてくれた事は嬉しいが、病気は虫垂炎だと伝えたし三城は忙しいはずだ。

もう大丈夫だと恭一は言ったものの、しかし一度決めた事を彼が覆すなど滅多になく、ならばと有難く付き添ってもらう事にした。

申し訳なさを感じながらも、本心としては嬉しいのだ。

腹痛に唸る恭一はベッドに横たわったまま、ベッドサイドで紙コップのコーヒーを飲む三城を見上げた。

「・・・、どうした恭一」

「ううん。なんでもない」

この病室は大部屋だ。

隣りや前のベッドにも同室の患者が居る。

どんなに声を潜めてもただカーテンで仕切られただけのここでは、当然会話は筒抜けだろう。

聞かれて困る事は言えない。

ここで一週間過ごす事になるのだ。

もしも二人が恋人同士であると知られてしまえば、同室の患者と顔を合わせた時気まずくなる。

だがそうは思いながらもベッドの上から三城を見ていると、恭一はどうしても考えずにはいられない事があった。

「ねぇ、春海さん」

「なんだ」

「一年前、みたいだね」

ちょうど一年前も、恭一は入院をしていた。

原因は交通事故での怪我。

その事故で───三城と出会ったのだ。

病院のベッドから見上げるパイプ椅子に座る三城。

一目惚れから始まった恋は、動き出す事さえ夢のようだった。

「覚えてなかった?」

「俺が忘れるとでも思うのか?」

「そうじゃないけどさ。・・・、懐かしいね」

「なんだそれは。病気になった事を喜ぶな」

「喜んでなんて・・・少しはある、かもしれないけど」

腹に痛みを感じながらも苦笑が漏れたが、一方の三城はさも不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「・・・ぁ」

彼の言う通り、病気になったなどと喜ぶのは不謹慎だ。

そもそも今は彼の仕事時間を割かせているのだから尚更だろう。

けれど、どうしても考えてしまうのだ。

一年前。

出会ったばかりの二人。

初めて会ったのは深夜の病室で、彼はその時もパイプ椅子に座っていた。

あの頃はノンケの彼への恋心など泡と消えるだけだと思っていたのに。

しかし一年経った今、二人は同じ名前で同じ屋根の下で暮らしている。

「俺も一年前を思い出さなかった訳ではない。だが、だからと言って来年も同じ時期に入院するんじゃないぞ。俺の気がもたない」

「しないよ・・・ごめんなさい」

このような時に想い出話などするのではなかったか、と眉を下げる恭一に、けれどふと三城の口元がゆるんだ。

「一年で、いろいろ変わったものだな」

「え?」

「いや。一年と一ヶ月でも先の自分なら、今の状態を想像もしていなかったと思っただけだ」

「春海さん、僕───」

その時、恭一は何を伝えたかったのか。

言い終えるよりも早く音を立て開けられたカーテンに、恭一は言葉を呑み込んだ。

「・・・ぁ」

「・・・」

「三城恭一さん。手術の準備をしますね」

「あ、はい」

銀色のワゴンを押し、若い看護師の女性がカーテンの中へ顔を覗かせた。

愛想のよい笑みを浮かべる彼女は三城に断りながらベッドサイドに立った。

三城と話していると時間の経過を忘れていたが、もう手術の準備をする時間か。

手術は三城の希望により腹腔鏡手術となった。

全身麻酔で行われる術式で、意識がない内に行われるのはどことなく気持ちが楽だ。

「じゃぁ、俺は・・・」

看護師が現れた事で席から立った三城はカーテンの向こうへ出て行こうと身体を向けた。

しかし。

看護師の持つ物に視線が吸い寄せられたかと思うと、三城は足を止めて腕を組んだ。

その眼差しは、なんとも鋭い。

「春海さん?」

「いや。珍しい事だ。見学をさせて貰おうと思ってな」

その言葉は、どこまで本心だろうか。

三城の言葉を真に受けたのか軽い返答を返しつつ、看護師は気にした素振りを見せなかった。

「それじゃ、局部の剃毛しますね。失礼します」

看護師が持っていた物。

それは、どうみても電動のバリカンだ。

そんな物を持ち出し何が行われるのか三城は聞かずとも察したのだろう。

布団が捲られ、若い看護師の手が恭一の病院着のズボンに掛けられる。

「・・・」

「・・・・っ」

看護師の後ろから注がれる三城の視線が何とも痛い。

腹痛から忘れていたが、この病院では腹腔鏡手術でも陰部の剃毛をすると言っていた。

それが衛生上の理由であったかどうかはもはや記憶には無い。

居たたまれず、恭一は視線を外す。

そうしている間にも看護師は下着をも下ろし、茂みにバリカンを当てていた。

元来女性に性的な興奮を覚えない為、世間一般的に見て可愛い部類だろう彼女にペニスを見られようが触れられようが、恭一は勃起をしないだろう。

羞恥心はあれど、それは男としての部分だけである。

だが、そこに三城が居る。

苛立っているのか不機嫌そうにしながらもこちらを見ている。

彼が何に対して機嫌を損ねたのか、腹痛と羞恥心と居たたまれなさに苛まれる恭一には解らない。

そう思えば、妙な気分になるものだ。

もしもそうした理由で身体が変化してしまっても、後々彼に『女性看護師に触れられたからだ』なんだと嫌味を言われそうだ。

バリカンの音が、とても大きく聞こえた。

「・・・」

「・・・、・・・」

「はい、終わりました。次は───」

針のむしろのような数分間が終り、なんとか耐え抜くことが出来た。

処置を終えた恭一は、チラリと陰毛の刈り取られた陰部を見たのだった。




  
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