真夏の夜の・・・編・07



準備を済ませ手術室に入ったところまでは覚えているが、全身麻酔の為マスクを付けられた後の記憶はない。

───そして恭一が次に目を覚ましたのは、強く肩を叩かれたからであった。

「三城さん、三城恭一さん。解りますか?」

「・・・ん」

「三城、恭一さん。解りますか」

「・・・っはっ・・・・」

何度も肩を叩かれ、名を呼ばれ。

そうしてようやく恭一は徐々に意識を取り戻した。

重い瞼を持ち上げると視界がぼんやりと開ける。

傍らには女性看護師、その隣に点滴とそれをぶら下げている器具。

そしてふと視線だけで反対側を見れば、そこには三城が居た。

「・・・、・・・。はい、脈も心拍数も正常ですよ。先生をお呼びしますね」

ぼんやりとしたまま、思考が上手く動かない。

目はしっかりと見えているし意識もはっきりとしていたが、それ以外の機能は止まっているかのようだ。

看護師が部屋から出て行き扉が閉まる小さな音が聞こえたと同時に、三城が恭一の手を取った。

「恭一」

「・・・はるみ、さん」

三城の手が、暖かい。

彼の眼差しは優しくて、それが無性に嬉しい。

そうして徐々に、周囲が認識出来るようになっていった。

「解るか?」

「・・・うん」

「良かった。全身麻酔だからな、それが一番心配だった」

「もう、大丈夫。ありがとう・・・あれ?」

だがそうして見てみると、此処は見慣れない場所だった。

先ほどまでの大部屋ではない。

ベッドを囲むカーテンはなく、広い空間には両開きのクローゼットとチェスト。

三城の座る椅子はパイプ椅子ではなく木製の布張りの物で、その奥には洗面台もある此処は個室だ。

「なんで、個室?」

「ここが恭一の部屋だ」

「え、でも」

「あのような大部屋のまま居させる訳がないだろ。手術前は恭一の体力を考えて移動させなかっただけだ」

「別に大部屋でも良かったのに」

入院は一週間。

その程度ならどこだって構わなかった。

しかし何気なく口にした恭一に、三城はあからさまに顔をしかめた。

「俺が嫌なんだ。大部屋だと───こういう事も出来ないだろ」

三城の顔が迫る。

そして、あっと思った次の瞬間には、彼の唇が恭一のそれに重ねられた。

「っん・・・」

彼の吐息が掛かり、触れ合う唇に鼓動がドクリと鳴る。

あまりに突然の事で瞼を閉ざす事も出来なかったが、その甘い感触は一瞬で離れた。

「春海さん・・・」

「そう睨むな。もっとするぞ」

いくら個室とはいえいつ看護師らが入ってくるかも解らない状況だというのに。

キスをやれたのが嫌だった訳ではない。

ただ驚いただけだ。

それに、大部屋であれば彼の言うとおりキスも出来はしない。

悪びれもせず笑う三城に、恭一もつい唇を緩めた。

大部屋で良かったのに、というのは本心であったが、今は個室の方が良いと思える。

此処なら誰に気兼ねする事無く三城と話を出来るし、今のようにキスだって出来るのだ。

握り合った手に力を込める。

それを察して三城が視線を投げかけた時、唐突に病室の扉が開き恭一は咄嗟に三城から手を離した。

「・・・っ」

「三城さん、起きられましたか。痛みはどうですか」

「あ、はい。今は然程───」

男二人が手を握り合っていたなどと、見られてはいないだろうか。

見られていても変に思われていなければ良い。

恭一はそのような事ばかりを考えていたので、執刀医との会話もうわの空だったと否定出来ない。

それからいくつか質問をされそして返答し、執刀医と看護師は安静を言い渡して病室を後にした。

「・・・はぁ」

「・・・、恭一もっと真面目に答えろ。何をそんなにソワソワしていた」

病室の扉が閉まるなり、三城が鋭い声を放った。

確かに医師との会話中身が入っていなかったのも、視線が彷徨っていただろう事も自分自身で解っている。

けれど、その理由の半分は彼にもあるのだ。

不満だと唇を下げる恭一に、三城は再び手を取ろうとした。

「それは・・・ぁ」

「なんだ」

「手、握り合ってるのを、見られたら・・・」

「気にするな」

「するよ」

「・・・」

咄嗟に口にした恭一に、次に不満げになるのは三城だ。

ありありと『気に入らない』と顔に書いている表情で恭一を見下ろす。

何の為に三城がこの個室を選んだのか解らない訳ではない。

だが三城と出会うまでの人生をゲイとして負い目を感じ生きて来た恭一には、未だ堂々とするには今一歩の勇気がいる場面が多々ある。

言葉も交わせずにいると、不意に三城が立ち上がった。

「え?」

まさか、帰るというのだろうか。

この程度でまさか、と思いながらもやはり掛ける言葉が見つからない。

三城の姿を追うしか出来なかった恭一は、しかし彼が今しがたまで座っていた椅子を持ち上げた事で動揺は疑問へと変化した。

「・・・春海さん?」

「そんな顔をするな。ここなら構わないだろう」

「・・・ぁ」

三城はベッドを回り込む。

そうして丁度入口扉に背を向けるように運んできた椅子を置くと、今度こそ点滴の繋がれた恭一の手を有無を言わさず握った。

確かに此処なら入ってきたばかりの人には二人の手元は見え難いだろう。

見上げる恭一に三城はふと苦笑を浮かべた。

「たかだか盲腸だと言い聞かせていても、待っている方も不安にはなるものだ」

「春海さん・・・」

「何事もなくて良かった」

「・・・ごめん、心配かけて」

自分の痛みに気を取られて、彼が心配をしてくれているというのを言葉以上には理解していなかったのかもしれない。

握られた手を、恭一も握り返す。

彼はいつも心配をしてくれるのだ。

恭一本人よりも何倍も心配をして、大切にしてくれる。

その彼の思いに胸が締め付けられる思いがした。

「居てくれて、ありがとう。春海さん」

忙しい彼なのだから、別に付き添ってくれなくても良いと言ったし、本心として思っても居た。

けれど、今ここに彼が居る。

それがどんなに安堵感に繋がっているか改めて思い知った。

繋ぎ合わせた手を恭一は指を絡めるように握り変える。

別に手を繋いでいるくらい見られても構わない。

二人の関係を知られても、一週間の短い間くらい気にしないでいられるだろうと思えたのだった。



  
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