真夏の夜の・・・編・08



恭一が麻酔から覚めて暫く後、三城は仕事だと帰って行った。

その三城は、手術をしている間に一旦自宅に戻り恭一の入院の支度をしてくれていた。

彼自身出張にはよく行くので入院の準備にしても簡単に出来たのだろう。

個室の病室内には入院に必要な物が一通り揃っている。

入院の手続きなどにしても三城が済ませてくれ、恭一はただ自分の身体の事だけを考えれば良かった。

それは本当に有難いのだが、申し訳なくも思ってしまう。

明日また来ると言う三城に恭一は無理をしなくて良いとは言ったが、その返答は彼から返ってはこなかった。

「・・・変な気分」

一人きりの病室。

ベッドに横たわった恭一は見るともなく見つめた天井を眺め呟いた。

三城が出張に出かけ外泊をする場面は多々あるが、それでも恭一はいつでも家に居る。

けれど今は、三城が自宅で恭一が病院だ。

それがなんとも奇妙に感じられた。

今頃三城も一人きりのキングサイズベッドに居るだろうか。

ふとその姿を思い浮かべたが、しかしよく考えれば深夜前の今は三城はまだオフィスに居るだろう。

海外との取引が多い為電話でのやりとりは双方の時間を都合しなければならない。

時刻が遅くなる事よりも、時間の都合をつけあう方が大変だといつか三城が言っていた。

三城は忙しい。

恭一も高校教師として暇を持て余している訳ではないが、三城の忙しさは桁が違う。

彼の仕事内容も状況も詳しくは知らないが、それでも一緒に暮らしているだけでも伝わるものはある。

そんな中、病院からの電話一つで病状も聞かずに駆けつけてくれた三城に、ただただ感謝の言葉しかない。

「・・・はぁ・・・痛いのは、痛い、な」

今は痛み止めの注射を打ってもらったおかげで痛みは少ない。

だがふとした時に鈍痛を感じもした。

今の痛みは腹痛のそれではなく、手術後の傷の痛みだ。

腹腔鏡手術の為傷口は小さいというが、それでもやはり肌を切り開いているのだから痛くない筈はない。

「・・・そういえば、入院って暇だったなぁ」

痛みさえ弱まれば退屈を感じるのだったと、ふと一年前を思い出した。

去年は一ヶ月以上だったが、今回はたった一週間。

一週間くらいあっという間に過ぎてしまうだろうが、普段纏まった休みなどないだけに困惑も感じている。

仕事もないが出かける事も出来ず、用事を済ませる事も出来ないうえに、去年のようなリハビリもない。

だが明日から少しずつ歩くようにと言われているので、散歩がてら院内や中庭を散策するのも良いだろう。

様子を見に来てくれた看護師が話の折に、この病院には品ぞろえのそこそこ充実した売店や本屋や花屋もあると教えてくれた。

本屋があるなら雑誌を買って来ようかと考えていた時、ふとベッド脇の収納台へ視線が向いた。

そういえば、何ヶ月も前に三城の与えられたままとりあえず毎日持ち歩いてはいるが殆ど仕様していない物がある。

使い方がよく解らないのと、難しそうだというイメージから敬遠してしまっていた。

今日もそれを持ち病院に来ている筈だ。

入院中時間があるならこの機会に覚えるのも良いかも知れない。

「・・・っと」

上半身を起こした恭一は、三城から置き場所を聞いていた収納台の引き出しを開けた。

そこには財布と携帯電話、それからスマートフォン。

カバーも掛けられていないむき出しのそれを手に取り、恭一は元の様にベッドに戻った。

「春海さんからの連絡すら来なくなったなぁ・・・」

同居を始めて暫くが経った頃だっただろうか。

三城がスマートフォンの機種を変更したからと、恭一にも自身と同じ物を買って来たのだ。

彼は仕事用とプライベート用で二台の携帯電話を有しており、プライベート用は頻繁に変えていると知っていた。

だが恭一は携帯電話は一台で十分、頻繁に変えてしまえばまた使い方を覚えるのが大変だと思っている。

とはいえせっかく三城が与えてくれた物だし、昨今の主流を考えれば憧れない訳でもない。

ならばこちらは三城との連絡専用にしようと考えていた。

元々使用している携帯電話は会社が違う為電話番号やメールアドレスを変えるのも面倒で、スマートフォン一台にしてしまうのは一歩踏み出せなかったのだ。

だが今にして思えばそれが悪かったのだろう。

一応基本操作は三城から何度も教えてもらったのだが、しかし長年使ってきた『携帯電話』というものとあまりに操作が違い、なかなかタッチパネルにも慣れず、着信に応答するにも戸惑う始末。

そうしているうちに、スケジュール管理などのアプリケーションはもちろん、三城との連絡にすら使用しなくなっていたのだ。

新しい機会は憧れるものの、あまり恭一は機械に強くはない。

「えっと、ここ・・・だっけ」

たかだかメールを打とうとするだけでも四苦八苦だ。

余計なところに触れたり、そもそもどこに何があるのか解らなくて思う通りに動かない。

何故手術後の疲れている夜にこのような事をしているのだろう。

用件があるなら使い慣れた携帯電話を使えばよくて、今からでもそちらでメールを打ちなおそうか。

そう思いながらも、恭一はなんとか踏ん張りメールを打ち終えた。

「・・・出来た」

短い文章だ。

本当はもっと長い文を考えていたけれど、諦めと疲れでそれだけになってしまった。

「・・・、送信」

このアドレス帳に登録されているのは、ただ一人。

この電話の送り主でもある三城だけだ。

「はぁ・・・疲れた。寝よう」

誰に聞かれるでもない独り言をわざとらしく呟き、恭一は枕元にスマートフォンを置くと瞼を閉ざした。

慣れない操作と思うよう動かない苛立ちから余計に疲れてしまった。

やはり今のタイミングでする事ではなかったなと改めて感じる。

だというのにわざわざ慣れない物を使いメールをしたなど、三城は不快に思うだろうか。

今もまだ彼は仕事中。

それなのに恭一は、これから一週間入院と言うなの休みだ。

『おやすみなさい。お仕事頑張って』

三城へ送ったメール。

ありふれた一文を、どうにも後悔してしまったのだった。



  
*目次*