真夏の夜の・・・編・09



C&G社上層階の個室の執務室でパソコンに向かっていた三城は、ふとデスク上のデジタル時計に視線を落とした。

昼から夕方に差し掛かろうとする時刻。

つい先ほど、日本支社において唯一の上司であるレイズから帰社の連絡があった。

彼にいくつか報告を済ませば一旦会社を抜けられるだろう。

自宅と会社の間にある恭一の入院する病院まで車で向かえばあっという間だ。

恭一が入院をして三日。

三城は当初の約束通り毎日恭一の元へ顔を出していた。

特別用がある訳ではないが、恭一の無事な顔を見るという事に意義を感じている。

恭一の病室は個室の為面会時間には融通が利き、モラル的な時刻に病院に向かう程度であれば時間を作るのは何とでもなった。

もっとも、そうと出来たのは恭一の件を話した所レイズが協力的になってくれたというのも大きく要因しているだろう。

彼の母国の国民性故か、単に元の性格からか、レイズは仕事よりも家族を優先する事を良しと捉えている。

そのお陰で、突発的に発生した案件をいくつかレイズが引き受けてくれていた。

上司に仕事を押し付けてでもプライベートを優先しているなど、一年前では考えられなかった事だ。

恭一に言われるまでもなく、入院を知らされたと同時にちょうど一年前の今頃も彼は入院をしていたのだと思い出していた。

あの頃はただ、事故の加害者であるという意識から恭一の望みのままに病室へ通っていた。

つまらない用件を押し付けられたり、他人の男の洗濯をしたり、何故自分がこのような事をしているのかと腹立たしく感じる場面が何度もあったと覚えている。

だが、腹立たしさを感じながらも拒否をしなかった辺り、その頃から無意識の内に恭一には惹かれる物を感じていたのだろう。

正式に交際を始めてから恭一に聞いた話しによると、あの無駄に多い雑用は三城を呼び出す為の口実だったらしい。

普段、一年経った今でも、妙な遠慮をしたり無駄な我慢をする恭一だ。

あの時はどのような気持ちで雑用を押し付けていたのか、考えれば少し頬が緩む。

当時は当時で三城なりに多くの時間を恭一の為に裂いているつもりだった。

だが今は、その何倍もの時間を恭一に当てている。

そうとしてしまっているのは、自身の立場が上がり自由が利くようになった事と、そして唯一の上司が協力的だというのも関係するだろうが、何より三城自身の恭一へ対する想いが深まったからだ。

「・・・恭一今頃どうしてるか」

キーボードを打つ手が止まり、三城はスーツのポケットからプライベート用の携帯電話を取り出した。

新しい機種に変更した際に恭一にも揃いで買った物だ。

だが恭一は、渡した時は喜んで見せたもののその後殆ど使用せずただ律儀に持ち歩いているだけであった。

三城はスマートフォンはこれが初めてではなくそれまでの物は一通りの機能を使いこなしている自負があり、何かあれば恭一に教えられると考えていた。

だというのに、恭一はやはり使い方が解らない様子だというのに大して聞いても来ないし、かといって見向きもしない訳でもない。

一体何を考え何がしたかったのか理解が出来ずにいたのだが、それをようやく使い始めたようだ。

何故急に使用しようと思ったのかはまだ聞いていない。

どのような心境の変化があったのか、何かきっかけがあったのか、とても気になるところだ。

過剰過ぎると自覚はしているが、それでも三城は恭一の事なら些細な事でも気になってしまう。

「重症だな・・・」

苦笑を浮かべながら画面の隅のアイコンをタッチする。

ワンタッチで現れた一枚の画像を目に、三城は口元が緩んだ。

それはいつであったか、自宅でリラックスしている時の恭一を隠し撮りした画像であった。

油断をしきっていた恭一はカメラをスマートフォンのカメラを向けられている事も撮影をされている事も最後まで気づかなかったようだ。

このような写真を三城は何枚も所有している。

恭一に悪いなと思いもするが、けれどこれが三城にとっての宝でもあるので消去する気も隠し撮りを止める気もない。

三城にとって恭一は力だ。

癒しでもあるし活力でもある。

今この地位に立てているのも、恭一がいつも近くに居り、帰る場所となってくれているからこそだ。

恭一の存在は大きい。

それだけに、帰宅しても恭一が居ないという現状は心寂しいものがある。

「・・・こればかりはな」

一週間の入院を医者に承諾したのは三城だ。

恭一に任せていれば一刻も早く退院をすると言いそうだと思ったからの判断で、恭一と話したところどうやら本当にそのつもりのようであった。

退院しても大人しくしていれば良い。

だが恭一はそうではない。

それは共に過ごした一年の間に十分理解しているつもりだ。

その為、早く帰って来いなどと思うのは勝手過ぎると解っている。

実際に退院をさせたい訳ではない。

けれど、どうしても恭一を求めてしまう気持ちが拭えなかった。

ため息を一つ零し、三城は携帯電話を元の場所に戻す。

そうしてパソコンモニターに視線を戻すと、程なくして軽いノックと共に扉が外側から開けられた。

「失礼します。三城部長、コーヒーをお持ちしました」

「・・・あぁ。悪いな」

秘書として使っている部下・北原が盆に乗せ運んできたコーヒーカップを三城のデスクに置く。

北原にコーヒーを頼んだ覚えはないが、丁度飲みたいと思っていたところだ。

口にせずともタイミングが見計らえる。

それはコーヒーだけに限った事ではなく業務に関する様々に対してであり、北原にはサポートを完全に任せられる安心感があった。

だからこそ三城はレイズが北原を手元に置きたがっていると知っていても、公私混同を許さずという建前の元に北原を手放せないのだ。

専用のカップに注がれたブラックのコーヒーを一口飲む。

三城の好みに淹れられたそれは身体に染み渡るように旨かった。

「もうすぐレイズが戻る。そしたら俺は報告だけして一旦会社を出るから、北原は定時になったら上がって良い」

「解りました」

「明日は朝から来客予定があったな」

「はい。明日は三社がご訪問の予定です」

「・・・そうか」

ならば明日も時間が作れるのは夕方以降だろうか。

それでも時間が出来るのならば良い。

例え仕事のしわ寄せが深夜残業という形になったとしても、恭一が待たない家に帰る時間が遅くなるなど一向に構わない。

「解った、詳しい時間を訊かせてくれ」

「はい。一社目は───」

このような生活も後たった数日。

恭一の居ない寂しさは辛い。

だがこれはこれで、出会った頃を懐かしむには良いかもしれないと三城は思えたのだった。



  
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