大きな宝石・1


その子に名前は無かった。

そして、両手両足も無かった。

肘の上と膝の上から下が、どちらも綺麗に無い。

そんな身体が、晴れた日の早朝に歓楽街の路上のアスファルトの上に捨てられた。

年はまだ15歳くらい。

彼は、短すぎる足で立ち、始めてみる空を見上げた。

「綺麗、、、」

漆黒の闇から太陽が射し始めた赤になり、次第に青く色を変えていくその様は何よりも美しい。

ましてや生まれてこの方、地下で軟禁状態で育った彼なら尚更そう感じたのだろう。

これからどうするべきなのか、このまま何も出来ず死んでしまうのか、不安にかられそうになっていた。

けれど、どうでもいいや、と思った。

名前の知らない頭上に広がる赤紫のビロードが綺麗で、大好きになった。

ただそれだけで、地上に出てきて良かったと思う。

たとえそれが捨てられたという事実でも。



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シンホは、35歳という中年の一歩手前のしがないサラリーマンだった。

新人とは到底呼べず、かといってまだまだ中堅にもなれない中途半端な立場のありふれた会社員。

昨晩この界隈で飲んでいたが終電を逃し、近くのサウナにでも泊まったのだろう。

早朝にもかかわらずくたびれた様子だ。

幸い今日は日曜で会社はなく、このまま自宅に帰る。

電車は動き始めたばかりで、大通りならともかく夜の街であるこの辺りに人通りは無かった。

そんな中、一つの塊を見つけた。

進行方向にあった「それ」に近づくにつれ、「それ」が人である事に気がつく。

最初は置物かと思った。

両手足が無いのだ。

そんな人間、先進国であるこの国では、どこでもお目にかかれる存在ではない。

それに短い足で立ったまま微動だにせず、空を真摯に見上げる横顔はとても綺麗で、美術品のようだ。

こんな路上の真ん中におかしいとも思ったが、何処かの芸術家が何かのオブジェで作ったのかとも思った。

その美しい顔を持つ少年の「何か」の横を通り過ぎようとした瞬間、置物だと思っていたそれが動いたのだ。

シンホを追うように首を動かして視線を向ける。

常人より大きな瞳がシンホを捉え、スッと目を細めると屈託のない笑みを浮かべた。

何を言うでもなく、ただ見つめられていただけだったが、暫くすると彼はまた空を見上げようと顎を上げた。

視線が反らされると、シンホはもはや反射的に口を開いていた。

「何故ここに居るのですか?」

突拍子も無い言葉だったが、彼はまたシンホを見つめて、柔らかい笑みのまま静かに答える。

「捨てられたから」

その言葉を聞くと、シンホは彼に片手を差し出していた。

「良かったら、僕のところに来ませんか?」

そして、彼が頷くのを見ると、両手で抱き上げた。



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「君、名前なんて言うの?」

「名前?」

「うん、何て呼ばれてたの?」

「103とか、、、犬、、、とか奴隷とか、オイとか」

「うーん、それはきっと名前じゃないね」

「じゃぁ、他にないです」

「名前無かったら不便だから、僕がつけてもいいかな?」

「?はい」

「そうだな、何か好きな物とかある?呼ばれたい名前ならもっといいけど」

「好き、、、あれは綺麗です」

「あれ?どれかな。あぁ、、、、じゃぁ、ソラにしよう。あの大きな空と同じ『ソラ』」

「はい、僕、ソラです。すっごく、嬉しいです。へへ」

「そう、気にいってくれて良かった」

「ソラは空が大好きです」