大きな宝石・5


季節が移り変わり、二人が共に過ごした時間は一年の半分を過ぎた。

「っハァ、、、はぁ、、、」

ソラの身体には鮮やかな紫や黒く変色した無数の痣が残されていた。

切り傷や火傷はなく、ただ打撲痕だけが身体を彩る。

「ゴメン、ごめんな、、、もうしないから」

シンホは何度その言葉を口にしたのだろうか。

ぐったりと横たわるソラを両腕に抱きしめ、目頭を熱くする。

涙は零れてこない。

何が悲しいのか、正確な理由はすでに解らないでいる。

瞬間的な苛立ちを募らせてはソラを打つ。

初めは一ヶ月に一度だったのが半月に一度になり、週に一度へとなり、近頃では二日と空けず手を上げてしまう事もあった。

「ソラの事、好きですか?」

打たれた後、ソラは必ずそう口にする。

「当たり前だ、大好きだよ」

シンホが答え、ソラは安心した笑みを浮かべて意識を手放す。

それはもはや儀式的な物だった。



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平凡を絵に描いたようなシンホの生活は、たった半年で見る影もなく変貌していた。

誰も待っていない淀んだ空気の家に帰る事は無くなったが、帰宅を待つ少年を殴りつける。

今まで人を殴った事などなっかたのに。

出世街道から外れてはいたが、堅実にこなしていた仕事もおろそかにし、窓際課に移動になっていた。

ソラが現れてから、シンホのバランスは崩れている。

それは決してソラ自身のせいでは無いはずなのに、シンホはソラのせいにせずにはいられなかった。

それと同時に、周りの人間が酷く馬鹿げた存在にも思えた。

自分の力を見ようともしない、愚図だと。

そうしないと、今以上に自分を保っていられない気がしたのだ。

冷静な時、自分の余りの弱さに気がついた。

けれど、もう遅い。

人生は巻き戻しもリセットもないのだから、どんなに願っても以前に戻る事は出来ない。



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シンシンと雪が降り注ぐ寒い夜。

僕は、大切な何かを失った。

それは目には見えぬ物だった。

「っ、、、くっ、、」

明かりも点けていない部屋で、ソラを打って蹴った。

その日はいつもの度を越えて暴行をふるっていたが、僕はそれに気づけなかった。

「ごめんなさい、、、今日は、、、もう、、、」

そんなソラの言葉を聞くのは始めてだった。

けれどそらすらも僕を逆上する火種になってしまう。

「ぐっ、、、はぁ、、」

一際キツイ蹴り上げが、ソラの鳩尾に入った。

咳き込み、吐血をする姿を見て、僕はようやくスッっと冷静になる事が出来た。

赤や紫に晴れ上がったソラの身体。

吐き出される鮮血を目の当たりにし、僕は動けない。

ゲホゲホと咳き込みながら、瞼を腫らしたソラが僕を見上げた。

興奮と混乱で頭がグルグルと回っている僕には、ソラがどんな瞳をしているのか解らない。

口を切り、荒い息で呂律が回らないソラが、小さな掠れた声で言った。

「僕の事、、、、、、、、、、、、、嫌いですか?」

それを聞いた瞬間、僕は踵を返して部屋を飛び出した。

何処をどう走ったかわからない。

ただ、何かが終わったと思った。

違ったんだ。

いつものソラの問いかけとは違ったんだ。

だから、ソラはもう僕を許さないと思った。



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別に、殴られても蹴られても僕はかまわなかった。

それでも今までは、シンホは僕を抱きしめてくれたから、我慢できた。

どんなに殴った後でも、「大好き」だと言われれば、それでいい。

なのに普段よりも沢山痛かったその日に限って、シンホは僕を置いて何処かに行ってしまった。

だから、僕はまた捨てられてしまったと思った。

寒く冷たい部屋で、身体の痛みからではない涙が沢山溢れる。

僕にはそれを拭う手が無いから、顔がぐちゃぐちゃに汚れても、我慢するしかなかった。