大きな宝石・6


意識が遠のく。

おぼろげな視界の先で、かつての自分とシンホが楽しげにしているのが見えた気がする。




シンホの家に置き去りにされてどれ位の時間が経ったのだろう。

時計が規則的に回っても、アナログ時計では何周回ったのか解らない。

空腹も解らないほど麻痺してしまったし、睡眠もとっているのか気を失っているのか区別がつかなくなっている。

体力も気力も何もかも失ったソラは、動く事が出来なかった。

もうこのまま死ぬのだろうと思った。

シンホは戻ってこない。

自分が死ぬまで戻っては来ない、と何故か確信のようなものを持って感じていた。

フワフワと漂うような意識が、また睡魔に襲われる。

あぁ、このまま瞼を閉じてしまえば、二度と目を覚ます事は無いかもしれない。

けれど、それでもいい。

自分はついていない星に生まれ、それに似合いの人生を送ってきた。

これで終わりなら、それはそれで、楽になれると感謝すべきだ。

シンホと暮らした数ヶ月、ソラにとっては、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

ガチャガチャとドアノブを回す騒音が微かに聞こえた。

続いて、誰かが部屋に入ってくる物音がする。

これは幸せな幻聴だと、ソラは思った。

シンホが帰ってきたのかも知れない。

それでまた殴られても、ほらこうやって抱き上げてくれれば、、、

ソラの軽すぎる身体は中に持ち上げられた。

しっかりとした筋肉のついた腕はシンホのものではない。

「大丈夫か?いや、大丈夫なはずはないな」

聞いた事のないバリトンが慌てた声を発した。

誰だ。

なけなしの力を振り絞り、ソラは重い瞼を開けた。

ぼやけた視線の先にあったのは、鋭利な相貌のシンホよりも年若い青年の面差しだった。



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ソラを保護したのはナガミという男だった。

シンホが勤める会社の人事部に勤める青年で、年は25歳。

年齢はシンホよりも10も下だが、すでに係長の肩書きを持つ出世頭だった。

なぜそんな彼がそこに現れたかというと実に簡単で、会社がシンホと連絡が取れなくなったため自宅まで安否・消息の確認に来たのだ。

意識朦朧としていたソラは気づかなかったようだが、ナガミは何度もチャイムを鳴らした。

それでも何の反応もなく、けれどおめおめと会社に戻る訳にもいかず、ダメ元でドアノブを回すと鍵が掛かっていなかった。

扉を開けるとシンホは居なかったが、明らかに暴行を受けた後のソラが横たわっていたため有無を言わさず保護をし、救急病院へと連れてきたのだった。



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依然シンホは見つかっていない。

ソラは清潔な病院のベッドに横たえられ、点滴を受けている。

「すみません、お付の、、、あ、ナガミさん?」

若い看護婦がてきぱきとした仕草でナガミに近づく。

その表情は困惑したもので、つられるようにナガミの眉も寄った。

「何か?」

「いえ、その、、、」

言いにくそうに言いよどむ看護婦は、チラリと後ろを振り返った。

そこには屈強な二人の男が立っている。

刑事だった。

警察証を見せながら近づいて来て、事務的な口調でナガミに事のあらましを説明した。

ソラの身元が解らない事。

どうやら戸籍もないらしい事。

あの身体ではまともな障害者福祉施設に入るには結構な金が必要な事。

ナガミがソラを引き取るなら話しは別だが、そうでないと低層な施設に収容されるだろう事。

もちろん、ナガミにはなんの義務も無い事。

「まぁ、あんたも不運だな。あんなのと関わっちまって」

めんどうだろうと、同情の眼差しを向ける刑事に、けれどナガミは不遜な笑みを浮かべるばかりだった。

「何を言っているんです?私は最初からあの子を引き取るつもりでしたよ?」

当然のように言ってのけた姿には、力強さが漲っていた。



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うつらうつらと、何度目かの意識が戻った。

病院に入ってから、ソラは長い眠りにつき、たまに少し意識を取り戻す、といった状態を繰り返している。

それまでの何度かは女の人が居ただけで、何故かがっかりしてまた眠ってしまった。

けれど、今ベッドの横のパイプ椅子に座っているのは、男の人だった。

徐々に意識がはっきりとしてくる。

「、、、」

「起きたか」

ソラが口を開くより早く男は言い、優しげな笑みを浮かべた。

その男の事は微かに覚えている。

シンホではなかったが、今のソラが会いたかったのはこの人だったのかもしれない。

じっと見つめたまま、口をパクパクさせ何も言えずにいるソラに、男は片手をソラに差し出し自信に満ち溢れた声と表情で言う。

「俺はナガミだ。悪いようにはしない。俺と来い」

僅かな沈黙が訪れた。

だが、キョトンとした顔を綻ぶ笑顔に変えると、その何処の誰かもわからない男の手に短い腕を伸ばした。






(おわり)