レンズ越しの・・・編・12



アラームがなくとも平日と同じ時間に目が覚めた直哉が起き出した二時間後、クラインもメインルームへと出てきた。

昨晩は会話らしい会話もなかった。

直哉がベッドに入ったどれ程後にクラインが寝室に来たのかは知らず、故に彼の就寝時間も知らない。

ただ目が覚めた時、背中から彼に抱きしめられていた。

身動きが撮りにくく気がついてしまうと息苦しい。

眠っているが故に重い彼の腕を押し退けそこから這い出たが、抱きしめられていた事に対する喜びなどは何も感じなかった。

「レイズ、どうぞ」

「ありがとう。とても美味しそうだね」

「・・・いえ」

卵料理とトーストの乗った皿の隣に、クラインが拘って取り寄せているオレンジジュースを注いだ透明のグラスを置く。

向かいの席にも同じようにすると、伏し目がちに直哉はその椅子を引いた。

朝から何があったという訳ではない。

むしろ、何もなかった。

その為一晩寝て起きたとしても、昨晩抱えた胸の靄が晴れ渡る事はなかった。

話しかけられると返事はする。

だが直哉から掛ける言葉は見つけられず、つい俯いてしまう。

感情や、胸の中にある事を言葉に、それどころか表情にも映せないのは子供の頃からだ。

だから仕方がないと開き直るつもりはないながら、すぐさま改善出来るものでもない。

子供の頃から言われ続けている愛想の悪い態度で、おざなりに両手を合わす。

それこそクラインに嫌がられかねないなと、一瞬だけ脳裏を掠めた。

「ナオヤ、今日の予定はどうかな?」

「僕は、特に何もありませんが」

「そうか、良かった。ならランチに出かけよう」

「え?でも・・・」

「あぁ、すまない。朝食を食べながら話す事でもなかったかな」

「いえ、そうではなくて・・・」

持ち上げたフォークが、宙で止まる。

唇を震わせるばかりで言葉を選べずに居ると、しかし面前のクラインは素知らぬ顔でプレーンオムレツを切り分けた。

「やはり、ナオヤの作った料理はどこのシェフが作った物よりも美味しいね。朝からこのような物が食べられるなんて幸せだ」

「・・・いえ」

つい五十年程前に比べても、現代日本では男性がパートナーを誉める習慣は増えた筈だ。

けれどそれにしても、直哉の人生には無かった美辞麗句は未だになれず、心が曇った今は喜んで素直に受け取れない。

返答らしい返答を返す気にもなれず、直哉はクラインを見なかった。

「ですがレイズは、午後から仕事ですよね?」

「そうだね。だからゆっくりとはしていられないけれど、どうせランチはとるのだから・・・」

「しかし、出立時間を考えますと、それは・・・」

「申し訳ない、出先でナオヤを放り出してしまう事になり自宅まで送り届けられないね」

「いえ、そういう事でもなく・・・時間的な面を考慮しますと、昼食は空港内でとるのが最善だと思います。ですが」

「そうだね、私もそう思うよ。以前訪れた時良いレストランを見つけたんだ」

何も、送り届けないと怒っているわけではない。

今は危険もない日中で、そもそもか弱い女性ではなく男だ。

途中で別れるのも、それが空港である事も、目くじらを立てる程ではない筈だ。

けれど、今の晴れ渡らない感情故だろうか。

クラインの言葉一つ一つに、デメリットばかりが目立ってしまう。

「・・・水橋さんとは、空港で待ち合わせだと伺っています」

「そうだね。自宅に来てもらっては不都合だろうと断ったからね」

「ですが、万一空港で僕とはち合わせては、意味がないかと」

それでも、本当にクラインと食事がしたければ、そうならないように動いただろう。

レストランを時間差で出るだけでも良い。

それに頭が回らない直哉ではないが、ならばやはり、探してしまうのは言い訳なのかもしれない。

「今回、僕は。すみません、レイズより一足先に家を出ます」

「ナオヤ?それは残念だね。けれど、なら尚更焦らなくても良いんだ。いつまで此処に居ても・・・」

「いえ、自宅の・・・掃除もしなければならないと、思い出したので」

今水橋の陰を感じたくない。

不意に、笑みを絶やさない彼を思い出す。

あまりに自分と違う好印象の面もちに、真似が出来ない故に胸が痛んだ。

自宅の掃除など、言い訳も良いところだ。

それをクラインがどう受け取ったのか、気になったものの考えないようにした。

俯いたまま、少し冷めたトーストにかじり付く。

バターの染み込んだそれを噛みしめると、それを少し苦く感じた。



  
*目次*