レンズ越しの・・・編・14



オフィスで顔を合わせる事を、「会った」と数えるべきなのか。

ならば毎日殆どを「会って」居る事になるが、その割には意思の疎通を交わせていない。

「会っていない」と言うならば、次はいつ会えるのかは未定だ。

にこやかな笑みを称え副支社長室との仕切に手をかけるクラインに、咄嗟に顔を背ける。

日本支社の最高責任者に対する態度として大層失礼だと考え至ったのは、その後だ。

「ナオヤは良い週末を過ごせたかな」

「・・・はい。休息を、頂きました」

「そう、良かった。後でも良いかと思ったが話があってね」

「・・・え?」

反らした顔で肩がビクリと震えた。

ここはオフィスで、目の前には水橋。

プライベートの、それも個人的な話をするべきではない。

常より直哉が二人の関係を隠したがっているとクラインは知っている筈だが、彼はさも自然に続けた。

「まだハルミは来ていないだろうか?なら、後でにしようか」

「副、支社長ですか?」

「あぁ、でも、ナオヤが伝えてくれたら良いね。その辺り、ハルミは気にするだろうか」

そろそろと顔が上がる。

やはり声だけでは見極めきれないものもあるとクラインを、そして隣の水橋を見やった。

だが顔を見たところで、彼らの意図するところは分からなかった。

ただクラインの隣で水橋が、さも訳知り顔で頷いているとだけは気づかずにいられない。

「支社長。副支社長は合理主義です。プライバシーに関する事や重大事項でなければ、秘書が伝言を預かるのは当然だとお考えでしょう」

「水橋もそう思うか。なら、ナオヤに伝えておく事にしよう」

「・・・」

ふと、クラインが笑った。

その視線の先には水橋。

彼もまた、クラインの笑みを受けるにふさわしい穏やかさを持っている。

主語はなく、用件その物も話しにあがっていない。

それでも通じ合っているのは水橋がクラインの秘書であるからで、仕事面では何も不思議な事ではなく、逆の立場で言えば直哉も三城と同じ会話を交わしている筈だ。

そう、思う。

それが仕事なのだ。

だがいくら頭の中でそう繰り返したところで、しっくりと納得が出来るわけではない。

理由はないが、ただはっきりと、二人が並んでいる様子を見るのがとても嫌だった。

しかし逃げる訳にはいかず、二人を見たくはないと直哉は、顔を上げたまま視線だけを支社長室の奥へと向けた。

「ナオヤでは伝言を頼めるだろうか」

「はい」

「明日から四日、出張になった」

「・・・え?」

「国内だ。明日は朝から出発し、金曜の夕方には戻る予定だ。急な出張だが、今日と金曜で予定は調節する」

ポーカーフェイスを装いながら、直哉は思考も動作も固まった。

急な出張だと言った。

そのような事は特別珍しくもなければ、三城にしてもよくある事で、それを対応した経験など直哉も何度もある。

それを止める権限など直哉にはないし、欲しいなどと思っているわけではない。

ただ、クラインからそれを今聞かされた。

それも三城への伝言の為。

そこに嫌なデジャヴを感じる。

あの、テレビ取材の時も、レストランでの打ち上げの時もそうだった。

ずっと胸にもやもやとした物を抱えていて、それをクラインに伝えられず今に至っており、それがまたも積み重ねられた。

今まで口にした事がなかったのだから、クラインは直哉がどう感じているのか知らずに当然だ。

感情も表情も押し隠し、直哉は静かに頷く。

もしも今が、たとえプライベートであったとしてもクラインに何が言いたいかは、咄嗟には思いつかなかった。

「それで北原さん。三城副支社長と同席する予定だった会議などの件ですが・・・」

「副支社長には出張の件をお伝えします。会議の権限を副支社長とさせて頂いてよろしいですか?それとも、後日結果を纏め・・・」

「いや、ハルミで構わないよ。元々意見が分かれる場面も少ないし、ハルミは私以上に理解しているからね」

「分かりました。副支社長にはそのようにお伝えします」

「支社長、本社との電話会議の件ですが」

「あぁ、そうだ。私は別件と重なってしまった物があってね。本社のCIOには私から伝えておくので、ハルミに変わりに頼みたいのだが大丈夫だろうか?」

「何日の何時ですか?」

「木曜の22時です」

どんなに科学が発達したところで、今のところは時差はどうにもならない。

メールやインターネットを使えばリアルタイムであっても、通話を行おうとすれば場所によっては深夜と早朝でしか時間がとれない場面も出てくる。

本社であるアメリカはニューヨークも、あまり優しい時差ではない。

閉ざした手帳を開き、分単位で書かれている予定をチェックした。

「予定は、開いています。ですが時間が時間ですので、私の独断では」

「そうだね。ならやはり、ハルミの出社後に確認をしよう」

「申し訳ありません」

基本的に8時間労働、九時五時もしくは十時六時での勤務となっているが、海外とのやりとりとなると特に、決してその限りではなくなる。

直哉も、当然のように三城も、それを理解しているので余程の事さえなければ断るとは考えにくい。

真摯にけれど内心は口先だけに近い謝罪を口にした。

「ナオヤが謝る事じゃない。私の急な予定故だからね。ハルミにも嫌な顔をされる覚悟は出来ているよ・・・あぁ、噂をしていればだ。ハルミ」

「・・・なんだ、朝っぱらから」

「話があるんだ。明日から出張になってね――」

あっさりと、クラインは直哉の隣を通り三城の執務室へ入る。

その隣を、礼一つをして水橋も追っていた。

結局頼まれた伝言は全て、クライン自身が伝えている。

それは構わないし、職務に対する自尊心を傷つけられたなどとは本心から考えていない。

けれど。

結局こうとなるなら、一応は始業前の今、二人きりでプライベートとして話しても良かったのではないかと、くすぶる胸の中で思わずには居られなかった。








  
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