レンズ越しの・・・編・15



翌朝が早いだろうというのを理由に、月曜の夜の誘いは断った。

火曜も水曜も木曜も、出張先の彼からメールも電話も掛かってきた。

それをおざなりに返答を繰り返していたけれど、よくよく考えればそれは、全て彼からのアプローチがあってこそ成立をしていただけの事だ。

「・・・変に疲れた、一週間だった気がする」

暗い部屋に独り言を呟き、直哉は誰も待たない自宅に帰宅した。

仕事で疲れたというよりも、それに付属する様々で疲れたといった印象だ。

決してプライベートという訳でもない。

月曜日に女性タレント美咲が三城を突然訪問をした事から始まり、ブログ騒ぎ。

三城の職務や評判そのものに影響があったわけではないが、いらぬ噂が社の内外に立ち込めているのは気が休まらなかった。

「今晩、レイズは帰宅される・・・」

理由のつかないため息が漏れる。

帰宅時間は聞かされていない。

毎日のようにあった連絡は、けれど今日はまだメールも電話も、一度も着信音を立てず深夜近くを迎えていた。

彼は忙しいのだろうと、それぐらいは考えなくても分かる。

多忙な中でも連絡を連絡を寄越すべきだ、などとは微塵も思わないが、ただそのうえで無性に不安にはなってゆく。

昨晩の電話での対応が悪かったのか、その前のメールが質素過ぎたか、それとももっと別の要素か、これまで積み重なっているものなのか。

彼から連絡がない理由が、自分自身にあるように思えてならなくなる。

考え出せばきりがなく、どう考えたところで良い答えなど出てはこない。

それがより心を重くしていき、自分から連絡を入れるには躊躇ってしまう。

「明日は・・・撮影だ。なら、その次の日曜に・・・」

彼の家とは比べるのも愚かしいワンルームマンションの、シングルベッドで寝返りを打つ。

唇から零れた独り言に、揺らいでいた心を決めた。

いつまでもこうして、うだうだと一人唸っていても仕方がないとだけは分かる。

胸の中でくすぶる想いを彼にぶつけるか、もしくはもう気にしないのだと割り切るか。

どちらにせよ、いい加減にきりをつけなくてはならない。

日曜日に、彼に会いに行く。

それまでに一日あれば、少なからずの決断は下せるのだろう。

内心自分自身に言い聞かせるよう頷き、直哉は反対側へと寝返った。

だがそうしていた時だ。

不意に、無音の室内に携帯電話の着信音がなり響いた。

「・・・ぁ・・・あっ」

時刻は深夜過ぎ。

仕事の連絡は入らないだろうし、このような時間にプライベートで掛かってくるのは、一人しか思いつかない。

意味もなく横たわっていたベッドから飛び起きると、直哉はコーヒーテーブルにおいていた携帯電話へ手を伸ばした。

「・・・レイズ」

今晩はもう、ないかと思った。

それどころか、もうずっとこの先もないのではないかとすら考えていた。

嬉しいというよりも、安堵感だ。

あふれる幸福感はなかった代わりに、切ないまでに胸が締め付けられてゆく。

液晶画面にクラインの名が表示されていると目にし、直哉は一つ呼吸をおいて通話ボタンを押した。

「も、もしもし」

『もしもしナオヤ。こんな時間にすまない。寝ていただろうか?』

「い、いえ」

スピーカーの向こうから聞こえるレイズの声はしっとりと落ち着いていた。

それが直哉の胸の柔らかい部分を更に刺激するように、そこが熱くなってゆく。

上手く舌が回りそうにない。

気の利いた言葉も出ては来ず、携帯電話を握り締めるばかりだ。

これでは昨日までと変わらないと自身を叱咤しても、だからこそ余計に唇は震えるだけだった。

だがそれを知ってか知らずか、レイズの声はいつも以上に優しく聞こえる。

「・・・今、お帰りですか?」

『いや、帰宅はもう少し前にしていたが、どうしても目を通しておきたい書類があってね』

「そうなんですか。お疲れ様です」

クラインが仕事を自宅へ持ち帰る事はあまりない。

数少ないそういった場面は、余程重要な物であると直哉も知っている。

それだけ、今は忙しかったのだろう。

だというのに、深夜になってでも電話をくれた。

その彼につい数分前まで胸に抱いていた不安は、なんとも失礼で自分勝手だった。

『それで、こんな時間に電話をしたわけだが』

「ぁ・・・はい」

『明日は、空いているだろうか?』

「明日ですか?はい、私は。でも・・・」

明日、クラインは自宅でのテレビ取材だ。

濁した言葉でも彼は読み取ったのだろう。

静かなその声が、一際直哉の語りかけるようだった。

『明日の取材を、見学には来ないか?』

「見学・・・?」

『私は、この家はもうナオヤと二人で過ごす場所だと思っている。だから、他者が来るならばナオヤもと、考えてしまってね』

「・・・ぁ」

『まぁ、そんなものは言い訳かもしれない。取材が終わればすぐ、デートに出かけたい』

「・・・レイズ」

電話越しで、顔は見えない。

今彼が何を考えているのかも、やはり正確には読み取れない。

けれど、もやもやとした気持ちが、今は湧いては来なかった。

携帯電話を握り返す。

答えは考えなくても既に決まっていた。

「分かりました。何時にお伺いをすれば」

『そうだね、取材は一時からだと聞いているから――』

明日、話しをする。

拙くても、整理が不十分でも、まずは伝えなくてはならない。

ただ一人で抱えているだけでは、いずれは脆く崩れるだろう。

それをようやく受け入れると、直哉はクラインの声を聞きながらそっと瞼を閉ざした。



  
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