レンズ越しの・・・編・16



話を、きちんとしようと決めたからだろうか。

目の前に広がる撮影風景を見たところで、胸が嫌に揺さぶられる事はなかった。

平日と同じビジネススーツを着込み、ネクタイも髪型も隙を作らない。

背を伸ばし、さも職務中だとばかりの面もちを浮かべる直哉は、クラインの自宅のリビングルームの隅で先日と同じ顔ぶれの撮影陣を眺めていた。

「何が・・・違うんだろうな」

「北原さん、どうかしましたか?何か不都合な事でも」

「いえ。申し訳ありません。こちらの事で」

「そうですか。それにしてもわざわざありがとうございます。――副支社長さんの代わりなんて」

「いえ・・・・仕事、ですから」

カメラチェックだと声があがり、ディレクター田町が直哉の元までやってきた。

今日のクラインの自宅取材について、三城は当然の事ながら秘書の水橋も不参加だ。

C&Gの職務というわけではないうえに、この後に他の仕事があるわけではないのでクラインは水橋を求めなかったのだろう。

だというのに、彼の秘書ではない直哉が今ここに居る理由については、「三城の代理」という嘘をついていた。

嘘をつく事に対し心苦しくなかった、と言えばそれこそが嘘だ。

三城にも撮影陣らにも申し訳なくて仕方がなかったが、そう思う一方で、本当の理由を言えないからと、開き直るしかない心境も確かにあった。

「北原さんもお忙しいでしょうに。副支社長さんのところは大丈夫だったんですか?」

「今日は・・・はい。私が副支社長をサポート出来る事も限られていますから」

「あぁ、そういうものなんですね。いやぁ、うちもそうでADにやらせれるもんとそうじゃないのと・・・いえいえ、北原さんがその程度だと言ってる訳ではないんですが。職も変わればってやつですねぇ」

手をコネて腰を低くする辺り、田町は直哉にへりくだっているようにも見える。

だがその実は、直哉ではなく三城にごまをすっておきたいのだろう事は見え見えだ。

元々田町は三城と親密を深めて、次は彼をメインとした特集を考えていたらしい。

だが先日、出演タレントの一人・美咲がブログに三城の写真と共に意味深な書き込みをした事、それにより三城が激高した事も、彼女のブログが炎上した事も、田町にとっては予定外だったのだろう。

必要以上だとしか思えない直哉に対する態度は、それでも三城にすり寄りたいからだとしか見えなかった。

田町の言葉になど興味はなく、話半分に聞き流す。

曖昧な、気のな返事だけを口先で返していると、彼はカメラマンに呼ばれ、会釈一つで離れていった。

いくら直哉にすり寄り三城をよいしょし、たとえそれを正確に三城へ伝えたところで、彼が気を良くして取材を受けるとは思えず、直哉が積極的にそれを進める気も一切ない。

直哉に背を向け小走りに距離を開ける田町から、その更に向こう側の美咲と綾そしてレイズへと視線を移す。

今直哉の着ている彼から贈られたスーツよりも更にワンランクもツーランクも、もしかするとそれ以上に上の物を着た彼は、此処にいる誰とも違って見えた。

もっとも、違って見えた理由が着ている物から来ているなど、単なる言い訳だ。

「・・・レイズ」

周囲に誰も居ないのを良いことに、プライベートでの呼び方が口をつく。

直哉が此処へ到着をしたのは、撮影陣が到着する二十分前だった。

いつ来るかも分からない彼らを待つ時間に大切な話をする気には成れず、直哉が煎れたコーヒーを二人で飲みながら当たり障りのない会話だけを交し合う。

少し、緊張はした。

けれどクラインはいつもと代わりがなかったので、いっそ肩肘を張っている方が愚かしかった。

『後で話がしたい』

それだけをようやく直哉が言えた時、タイミング良く撮影陣らが到着したので、世間話すらそれで終わりを告げた。

「やっぱり、支社長さんのお宅って凄いですね」

「ね。あの絵もなんだか凄い」

「だって、ただの支社長さんじゃないんですよね。社長の、ご子息様なんですよね」

「って事は、未来の社長ですよね」

今はどうやらカメラは回っていないようだ。

C&Gのオフィスにも彼女らと同じ年の女性は居る。

だが少なくとも直哉は、あのような話し方もイントネーションも馴染みがなく、二度目に見る今日も未だ慣れない。

ただ、その彼女らを邪険にする訳ではなく、三城のように冷たく一蹴するわけではなく、笑みを浮かべ返答を返すクラインを前回よりも穏やかに見ていられた。

「私が時期社長だと確定をしているわけじゃありませんよ。社員、特に経営陣らに認められた上で、それだけの技量を持てた時――」

カメラマンと田町が話をしている。

その先でクラインと女性タレント二人が話をしている。

それを部屋の隅から、直哉は一帯を見渡すように眺めていた。

撮影とは関係がなく、三城の代理というのも嘘で、いわば居なくて良い存在。

だがそうしていた時だ。

その直哉を、クラインはふと顔を上げて真っ直ぐに見つめた。

「・・・ぁ」

彼が、笑った。

カメラレンズでも、隣の女性タレントにでもなく、ただ部屋の隅の直哉に向けて。

その笑みがあまりに印象的で、穏やかだった胸がきつく締め付けられた。

撮影を再開すると田町が声を張る。

それがどこか遠くで響くように聞きながら、数名の人の中から直哉はただクラインだけを見続けた。



  
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