レンズ越しの・・・編・17



クライン宅の撮影で、直哉は出演を断固として拒否した。

クライン本人の秘書ならばともかく、三城の代理の名で見学に来ただけの直哉がそこに映るのは妙だ。

そのうえ、「三城の代理」というのも方便――嘘だ。

そうして本来の主役クラインだけが自宅を披露するというありふれた風景を撮影し終えたのは、社屋での撮影よりもずっと短い時間だった。

短いが様々な物を紹介していたように思える。

バスルームも、キッチンもクローゼットも。

ただ唯一、二つ並ぶ小さい方のクローゼットだけは、クラインが笑顔で拒否をしていた。

ふと思い返すと、パウダールームの洗面台では、スタンドに刺さっていた歯ブラシは一本だけだった。

「この度は、取材協力ありがとうございました」

「役に立てたのだろうか。なら、良いのだが」

取材機材は全て撤収され、撮影スタッフもタレントも短い挨拶の後に部屋を出た。

女性タレントは物言いたげにクラインを見ていたものの、先日三城との騒動があった故かマネージャーらしき男性が早々に連れ出している。

それは一人堂々と三城の執務室に乗り込んだ美咲ではなくもう一人の彩であったが、考える事は似たり寄ったりなのだろう。

そうして一番最後まで残った田町が、靴を履いた玄関で繰り返し腰を折っていた。

「いやいや、非常に、非常に良かったですよ。それにしても、さすが支社長さんテレビ慣れしてますよねぇ。日本のテレビには初登場だと言ってましたけど、あちらでは頻繁に出られてたんですか?それだけイケメンだったら、バラエティーどころかドラマでも映画でも通用するでしょうねぇ」

「本社に居た時はCOM・・・広報を担当していたので、メディアに関係する事も多くありました」

早口でまくし立てる田町の一方、クラインは悠々とした物だ。

直哉の角度からは彼の横顔しか見えない。

だが自宅であるのが不自然な程ビシリとスーツを来た彼には、田町などとは到底違う雰囲気しか漂っていなかった。

それが自社の支社長としての、もしくは恋人としての欲目なのか事実なのかは分からない。

「あぁ、なるほど。そうでしたか。でも、それだけじゃぁもったいないですよ。じゃぁ、是非、これを気にどうです、一度、そうですね、クイズ番組くらいから・・・」

「折角ですが。今回は、条件をお伺いした上で受けただけです。今後はこういった取材も受けない方向で考えています」

クラインが、チラリと振り返る。

斜め後ろの壁際で、さも秘書然と立つ直哉と視線がかち合った。

僅かな間だ。

それまでも口元には絶え間ない笑みを浮かべていた彼は、直哉の眼差しの真っ直ぐ向こう側で一際深く笑った。

「うちの、副支社長らが、嫌がりますから」

「・・・ぁ」

「あぁ、そうかもですねぇ」

「ら」と、彼は言った。

そこに誰が含まれているのか、先程の一瞬の視線から察せられたのは、直哉だけのようだ。

大振りな仕草で田町が頭を掻いた。

「あぁ、三城さんね。三城さんも勿体ない。別にこっちをメインにと言ってるわけじゃないんですよ。医者や弁護士しながらタレント活動をしている人も――」

「価値観の問題ですね。すみません、昨日もご連絡したように、これから仕事がありますので」

「あぁ、それは失礼しました。でもまた、気が向きましたらいつでもご連絡ください。ね。いやぁ、今晩も打ち上げしたかったですねぇ」

「その為の、前回の会食だと理解しています」

「ま、そうなんですけどね。じゃぁ、また。今度こそ」

何度も会釈を繰り返す田町が玄関扉を潜り、にこやかなクラインが彼を見送る後ろから直哉も静かに頭を下げる。

扉の向こうの廊下には撮影スタッフがチラリと見えたが、もう言葉を交わす事無く田町が扉を閉め、ドアノブがカチャリと鳴った。

それと同時だ。

それまで静かに見送っていただけのクラインが、手早くドアノブの鍵を落とす。

あまりに急な事に彼を見るしか出来ないでいる直哉が顔を上げた時には、彼は振り返っていた。

「・・・レイズ」

「ようやく、帰ったね」

「・・・ぁ」

田町がドアノブに手を掛けてから今まで、どれほどの時間が経ったのだろう。

多分、一分に満たない間。

それだけの時間で今は、まるで違う空間になっている。

けれどそれに順応出来ず立ち尽くすばかりの直哉に、クラインは大股で近寄ると素早くその腰を引き寄せた。

一つ息を呑む。

その時にはもう、直哉は彼の腕の中に居た。

「レイズ、あの」

「ずっと、待っていたんだ」

「え」

「我慢を、していたと言って良い。ナオヤが来た時から、すぐ近くに居るというのに触れられずに居た。ずっと、こうしたいと思っていたんだ」

「・・・レイズ」

互いにジャケット越しで素肌には遠いというのに、今はこれでもかと暖かい。

顔を会わせるのも数日ぶりで、何より恋人同士として会うのは酷く久しぶりだったと、彼の腕の中で思い出していた。


  
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