レンズ越しの・・・編・18



公私共に利用経験のある都内のシティーホテルの中でも、社屋からも自宅からも距離がある為に頻繁に利用しているとは言い難いそこのエレベーターに、直哉はクラインと並んで乗っていた。

「此処へ、来たのは久しぶりです」

「そうか。なら、最近リニューアルをしたレストランは初めてかもしれないね」

「はい。以前の店でしたら訪れた事がありますが、もう随分前で」

「経営は同じようだが、シェフが変わっている。以前のレストランも悪くはなかったが、今の方が現代的だ」

「そうですか」

「直哉も気に入る筈だ・・・さぁ」

「ありがとうございます」

エレベーターが、チンと軽やかな音を立てて目的階へ到着する。

静かに扉が開くと、クラインはレディーファーストが身についている仕草で直哉を先へ促した。

降り立った廊下は、白壁に金と黒がアクセントになった内装だ。

壁にはめ込まれたラインも、絨毯に織り込まれた模様も、間接照明も、静かにけれど自我を主張しており、上品な強さを感じさせる。

エレベーターホールを抜けると拓けたフロアに出、いくつかのレストランの入り口が見えた。

「あちらだ」

自宅撮影の撮影スタッフが帰った後、久しぶりの包容はあったものの、程なくして身体を離すと早々に家を出た。

元より撮影後はデートだと言われていた。

平日の夕食に比べるならば些か早い時間であったが、クラインは予約も入れていたようだ。

直哉が何を言う隙もなく、何が言いたかった訳でもなく、彼に従うようついて行き現在に至っている。

クラインがハンドルを握る道中の車内では一応会話はあったが、その大半は先程の撮影についてで直哉も知っている事ばかりだった。

彼と居る事の安堵感を再認識して、此処に居たいとも改めて感じた。

けれど胸の中のもやが全て晴れた訳ではなく、それを容易く彼にぶつけられるようになった訳でもない。

すぐ隣にクラインが居る。

それだけに余計に苦しくもなったが、それは昨日までとはまるで違う部類の物だ。

決意は、固まっている。

「直哉」

「あ、すみません」

「いや。歩くのが早かったかな?」

「いえ僕が、周りを気にしてしまって。滅多に利用しないホテルですので、珍しくて」

「そうか。たまには違う場所を選ぶのも良いだろう」

「そうですね」

振り返るクラインへ早足で駆け寄ると、気恥ずかしさから首筋だけが少し朱に染まった。

それを知ってか知らずかクラインは特に何も言わず、少しだけ唇を歪める。

もうクラインに振り返られないようにと彼のすぐ隣へ並んだが、彼を真っ直ぐに見る事は出来なかった。

「予約をしている、クラインだ」

「お待ちしておりました。どうぞ」

身に沁みついた仕草で、クラインが予約の旨をボーイへ告げた。

あまりに堂々としていて、それが自然なだけに彼の本質を上質な物として伝えている。

彼に、見つめ返されたくなかった。

そうすれば首が朱に染まるだけではなく、顔も赤くなり、声も出なくなりそうだ。

だというのに次第に、彼から目を離せなくなる。

この数日・数週間、彼と離れていた為に彼の立ち振る舞いや仕草を忘れてしまったのかもしれない。

「予約席」の札が置かれた、窓の無い奥の席に案内される。

白いテーブルクロスがかかる壁際の席で、周囲のテーブルは空いている。

ふと顔をあげると、右手突き当たりは窓際で東京の夜景を一望出来る為、そちらに集まっているようだ。

普段は直哉らも夜景の望める席が多い。

だというのに今夜はそうでないというのは、クラインがあえてそうしたのだろう。

チラチラと何度もクラインを見てしまう。

その直哉をよそに、クラインは水を運んだボーイに短い言葉を継げていた。

メニューは運ばれず、会話を交し合う間もなくアルコールのボトルと二人分のグラスが運ばれたので、オーダーも予約済みのようだ。

「ナオヤ、グラスを」

「はい・・・あ」

「こうしてワインを飲むのも久しぶりだね」

「えぇ」

直哉の指先がグラスに触れると、クラインが手にしたボトルの内容液がそこへと注がれた。

深い赤が透明のグラスの中で揺れる。

天井にいくつもつけられた照明がそれに反射し、煌めいた。

「先週末はあまり一緒にも居られなかった」

「レイズがお仕事ですしたから。それに、僕も・・・」

「そうだね。でも、仕事よりもナオヤを取れたらどんなに良いのかと、考えては成らない事を考えてしまったよ」

「・・・レイズ」

「不可能だと決まりきっているのにね」

やはりそうだ。

彼の言葉はいつも直哉を動揺させる。

此処は公共の場で、レストランで、男同士でワイングラスを握り合っていて、目を惹くような事をしてはいけないと頭にはある。

だというのにどうしょうもなく、目頭が熱くなってゆく。

彼の立場や現実は今は関係がない。

ワイングラスを手にしたまま顔を上げると、真っ直ぐにクラインが直哉を見つめていた。

動揺を隠せないから、見られたくなどない。

今も、心臓が強く打たれたように鳴り、唇も震えている。

けれど直哉は、微かに霞む視線の先でしっかりと眼差しを受け取ったのだった。



  
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