レンズ越しの・・・編・19



クラインに倣うようグラスに指をかけ、唇に添える。

一口含むだけで、口に喉に、深い味わいが広がった。

何かを、言わなければと思う。

けれどどう切り出すべきか、何から伝えるべきか、仕事上の伝言を伝える時のようにすんなりと文面は纏めれない。

手持ちぶさたにワインを口にしたものの、一口目以降味はあまり分からなかった。

まずは世間話でもして場を暖めるべきか、ならばどのような話題が良いのか、ポーカーフェイスを装う内側で悶々としていると、程なくしてクラインがテーブルにグラスを置いた。

「ナオヤ、今日は来てくれてありがとう」

「いえ、それは・・・僕も気になって、いたので。全ての撮影の終了、お疲れさまでした」

ありふれた会話が、胸をドキリとさせる。

クラインの声はこんなにも耳に心地良かったのかと、少し忘れていた気がした。

元より味など分かっていなかったワイングラスを彼につられるようテーブルに置く。

そうしていると、ウェイターが銀色の盆を片手に静かにテーブルへ近づき、アミューズブーシュを二人の前に並べた。

白い横長の楕円形の皿に盛り付けられた三種は、それぞれ違った印象を持っている。

特にサーモンのマリネと色鮮やかな野菜が盛り付けられたクラッカーは、目からも食欲がそそられた。

だが今は、食事よりも別の物に意識が行っているのだろう。

料理の説明をするウェイターの声も、耳に届けど頭には響かなかった。

此処はレストランであり、二人きりであっても二人きりではない。

公共の場である事をはっきりと思いだし背筋が伸びる。

いつの間にか料理の説明を終えウェイターが一礼を残してテーブルを離れると、それを視線で見送っていたクラインが苦笑と共に小さく息を漏らした。

「個室がないならせめてと人気のテーブルから離れてみたけれど、ウェイターは仕方がないね」

「そうですね。・・・何か、ご不都合でも?」

「不都合?聞かれて困るという訳ではないけれど、ムードが出ないだろう。私は構わないが、ナオヤが嫌がるだろうと思ってね」

「申し訳、ありません」

「ナオヤ?何を謝っている?」

口元に笑みを湛えるクラインは穏やかだ。

彼はただ本心を口にしただけ、事実を告げただけであり、嫌味でも何もなかったのだろう。

けれど、彼が男同士であると人目を気にしない事も、直哉だけが気にしている事も確かだ。

指先でクラッカーを口へ運んだクラインは、何気なく続けた。

「アメリカでは、仕事柄もありメディアとの繋がりもあったのだけれど、こちらに来てからまだ間もなく、あまりコネクションを持っていなかったんだ」

「そうなんですか。・・・コネクションを、お持ちになりたいと?」

「そうだね。どのような業界であっても、コネクションはあって損をする物ではないだろ。当然と言えば当然だが、今はハルミの交友関係に頼りきっている。けれどハルミはいつでも動いてくれるわけではないから、いつまでも頼っていられないと思ってね」

「そう、ですか」

彼を取り巻く物も三城を取り巻く物も、直哉は理解をしている。

先の撮影を仕事と取るのか個人の趣味だと取るのかは別として、結局は仕事と紙一重だ。

ムードを出せないのは直哉が嫌うから。

男同士なのだから、仕事の話しをしているのが無難なのだろう。

久しぶりのデートにしては味気ないが、会話一つで目くじらをたてる程直哉も若くはない。

伏せ目がちに料理を眺め、ナッツをフォークで口に運ぶ。

ハイクラスホテルのレストランの、予約をしていた料理だけありとても旨かった。

「では、今回の取材であちらのテレビ局・・・あのディレクターとコネクションが得られたという事ですね」

「そうだね。あちらは乗り気だ」

「そのようですね。レイズが、クイズ番組だと」

「バラエティー番組を体験出来るのは大変面白そうだね。だがそうするとプライベートは減りプライバシーもなくなると、良く知っているよ」

「そうですね。三城副支社長もお受けするとは思えませんし」

「ハルミはありえないね。けれど、それはどちらも構わないんだ。私が欲しかったのは、バラエティー番組の出場権などではないからね」

「え?」

白い細長く楕円形の皿の上に、クラインは一口分の料理を残す。

それはきっと、サラダが運ばれて来ない為のポーズだったのだろう。

ふと顔を上げると、引きつけられるように彼を見る。

柔らかく笑みを浮かべた彼も、直哉だけを見ていた。

「指揮者の小山健に会えると言えば、ナオヤは喜んでくれるだろうか?」

「・・・え?」

「彼を、ナオヤは好きだろう?違ったかな?」

「いえ・・・それは・・・・え?」

此処数日、特に昨日や今日、つい数分前ともまるで違う心境で、頭が上手く回らない。

彼が何を言っているのか、文字としては分かっているというのに、言葉としては理解に達しない。

それ程までに、意外で、驚きが飛び抜けたのだろう。

無意識に首が傾ぎながら、直哉は品なくも宙にクラッカーを摘まんだ指を止めたのだった。



  
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