レンズ越しの・・・編・2



水橋を従え三城の執務室に入ったクラインは、彼のデスクに手をついた。

「ハルミに頼みがある」

「それは断れる部類の頼みか?」

「無理だ」

「なら頼みではなく命令と言うんだ」

「私はハルミに命令などしたくはない」

クラインがふと笑う。

その笑みには嫌味もふざけている様子もない。

彼は本心より頼みたいと思い、命令をしたくないと考え、けれど否定する余地もないのが事実なのだろう。

ただ、三城が心から承諾する事を望んでいる、それだけだ。

一見自分勝手な言い分に聞こえ、事実そうであるのだろうが、それをクラインは気にもとめない。

それもまた彼の生まれ育った環境がそうさせるのだろうと、どことなく理解するようになっていた。

「勝手を言うな」

「まずは聞いて欲しい」

「俺は聞きたくない。だが聞かなければ自分の部屋に戻らないんだろう。仕事の邪魔だ。それとも、邪魔をしにきたのか?仕事ではなく、俺かもしくは北原の」

さも胡乱な眼差しで、三城がチラリと直哉を見た。

けれどクラインは振り返りもしないまま、ただ大仰に片手を振る。

含みのある三城の言葉に察するところがあったのかたまたまか。

しかしこの部屋で唯一クラインと直哉のプライベートを知らない水橋は、デスクから離れて立つ直哉にそっと近づくと喉の奥で笑った。

「三城部長は相変わらずですね」

「今は副支社長です」

「あぁ、そうですね。公式の場では間違わないんですけど、つい。別に悪意とかではなくて、僕の中ではいつまでも海外営業部長かなって。憧れが強い分、と言うか。まぁ今でも間違いではないですし」

「・・・ですが、失礼です」

小声で囁く水橋にきっぱりと言い捨てると、直哉は彼から離れた。

つっけんどんにしてしまうのは、彼の言いぐさに腹を立てたからではない。

それについては、海外営業部出身で水橋に負けず劣らず三城に憧れていた北原なので、理解出来ないでもない。

彼に対する対応の悪さは、ただ私的な感情故だ。

公私を混同させてはいけない、などというのは社会人にとっては当たり前の事だが、それが出来ない時もある。

「それでレイズ、何だ?」

何より自分自身に嫌気がし、直哉は逃げるように雑用に手をつけた。

特別今でなくても構わない書類整理をすべく、書類の挟まっているファイルに手を伸ばす。

澄まし顔で平常心を保とうとしたが、その決意はものの数秒で打ち砕かれた。

「後日、テレビ出演が決まった」

「・・・え?」

「・・・なんの、話だ」

「先日オファーが来てね。何度か話し合った末、出演が決定した」

「そうか。なら、出れば良い。俺に報告をする事ではないし、仕事に影響さえ・・・」

「ハルミもだ」

「・・・は?」

「C&Gの日本支社長として出る。ハルミも、一緒に出て欲しい」

三城の眉間の皺が、これでもかと深く刻まれる。

クラインはいっそ爽やかにさえ感じられる笑みを浮かべているし、その後ろの水橋もまた形良く笑むばかりだ。

ならば自分はどのような顔をしているのか、考える余裕は直哉にはない。

「断る」

「残念ながら無理だ」

「俺の意見も聞かずに勝手に決めるな」

「申し訳ない。ハルミは絶対に嫌がると思ったから、独断で決断をさせてもらった」

「・・・確信犯か。質が悪い」

三城はテレビや雑誌の取材を一切受けないと直哉は良く知っている。

これまで、副支社長の肩書を持つ前でも、彼にも数か月に一度の頻度でテレビや雑誌のオファーが来ていた。

業界専門書から、バラエティー番組まで。

けれど三城は、一度として取材に応じた事はなかった。

彼曰く、取材にとられる時間はたとえ十分であっても無駄だ。

その意見に直哉も賛同する。

秘書的役割を担っている関係上、取材のオファー連絡を受けるのが直哉ならば、三城に伺いを立てるものの、断りを入れるのも直哉だ。

最近では電話口で、三城に伺う事なく断るようにと言われている。

その為、独断を押し通すという判断は正しかったとも言えるが、しかし相手を尊重しないというのはクラインらしくない気もした。

「何故俺もなんだ」

「相手の要望だ」

「俺にはメリットはない」

「なら、普段より休みを多くすると良い。私の権限で」

「俺が休んだところで、仕事のしわ寄せを食らうのも俺だ。そんなものメリットでもなんでもない」

「ハルミは仕事をし過ぎだ」

「性分だ」

ため息をつく三城は、受け入れたのかもしくは諦めたのだろう。

結局のところクラインの決断を覆す事が出来ないというのも、三城は分かっている筈だ。

不機嫌さを隠そうともせず、煙草を吹かす。

それを眺める直哉は、書類整理をしかけていた手を完全に止めた。

クラインと三城がテレビに出演する。

それがどのような部類の番組なのかはまだ知れない。

ただ分かるのは、先ほどクラインは「何度か話し合った末」と言っていた。

つまりは、今オファーが来たという訳ではないのだろう。

だというのに、今の今まで直哉は少しもクラインから聞かされなかった。

毎日顔を合わせ、二日に一回は共に夜を過ごしているというのに、彼はそのような素振りすら見せない。

けれど彼の後ろで訳知り顔でたたずむ水橋は、多分以前より知っていたのだろう。

胸が、嫌に締め付けられる。

不機嫌さを露わにする気にはならなかったが、笑みを作る気にも全くならない。

感情を押し殺したポーカーフェイスを張り付けた直哉は、頭上の三城とクラインの会話から逃げるように書類ファイルを開いたのだった。



  
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