レンズ越しの・・・編・20



学生の頃は学業に励み、社会人となってからは仕事に打ち込み、趣味らしい趣味もなかった。

テレビを見ても流して見ている程度で終着はなく、インターネットを利用しても同じ。

可もなく不可もなく、興味を示さない物が、思えば子供の頃から多かった。

その中で彼には多分、群を抜いて興味を持てたのだろう。

しかしそれを、誰に言う事もなく、クラインにすら話した事はなかった筈だ。

何から驚いて良いのかも分からず呆然としていると、面前のクラインはふと優しげな笑みを深めた。

「やっぱり、そうなんだね。良かった」

「あの・・・どうして」

「どうして?」

「どうして、ご存じ、だったんですか?お話しした事は、なかった筈です」

「あぁ、その事か。以前ナオヤの部屋に行った時、CDを見つけたんだ。物の少ないナオヤの部屋で、それはとても丁寧に置かれていたからね。ナオヤの大切な物なのだろうと、思ったんだ」

「・・・レイズ」

彼が、直哉の部屋へ来たのはこの数ヶ月で二度か三度。

クラインの家とは何もかも比べるのも愚かしい自宅など、彼を招く機会が減るのも当然だ。

広めのワンルームの直哉の部屋にはそう物は多くなく、件のCDも整頓された棚に並んでいる。

決して目をひくようなディスプレイはしていないというのに、彼はその短い間で様々な事を見ていたのだろう。

「先日、テレビ出演のオファーがあった時だ。私も初めは断るつもりで居たんだけれどね。田町さんは大層熱心に誘ってくださって、色々と興味をそそらせようと条件も提示してくれた。その中で、会いたい人はいないかと言われた時に、私は真っ先に彼を、ナオヤの部屋でジャケットを見た彼を、思い出したんだ」

「レイズそれは・・・」

「ハルミも巻き込んでしまった。田町さんのリクエストはハルミの出演もあったからね。撮影後の食事もバーへ行ったのももちろんそうだ。ばれてしまうとハルミは凄く怒るだろうね」

「・・・あ」

点と点が結ばれていく錯覚が、起こる。

いくつもの場面が、フラッシュバックして頭を過ぎっていった。

今日の自宅撮影も、先日の打ち上げの会食も、撮影そのものも。

全てはただただ、直哉の為にあったとでもいうのだろうか。

目尻が熱く、痛くすらなる。

無意識のうちに唇がみっともなく開いてしまい、ハッとするなり直哉は俯く事でクラインの視線から逃れた。

「レイズ・・・レイズ、本当に?」

「もちろんだ。私はナオヤに嘘などつかない。来週末だ。一緒に行こう」

「そうじゃ、なくて・・・」

「そうじゃない?」

ここはレストランで、公共の場だ。

男同士が話すには不自然な会話をしてはならない。

背を伸ばして、なんて事もないように、澄まし顔で礼を言えばそれで済む。

そう、考えているというのに。

直哉の意に反して胸が、喉が、熱く詰まる。

毅然としていなくてはと考えたのを最後に、直哉はそれらが不可能で有ることを、認めざるを得なくなった。

「レイズは、本当にその・・・僕の為に、動いてくださったんですか?」

三城に散々に文句を言われながら、直哉にもよそよそしい態度を取られながら。

それでもクラインはいつも、撮影の最後まで撮影スタッフの若者にすら、笑みを向け続けていたのだろうか。

テーブルを挟んだ向かいのクラインを見つめる眼差しは、霞んで歪む。

「そうなるね。それが社会人として褒められた事でないと、権力を施行してハルミを利用したと、言われてしまうかもしれないね」

「・・・レイズ」

今、こうも胸を熱く、そして苦しくするのは何が最も要因しているのか、指揮者の小山健に会える事実か、クラインの取り計らいか。

考えなくても分かる簡単な自問自答だ。

「ナオヤ、どうしたんだ?目が赤い。もしかして呆れて・・・怒っているかな?それなら・・・」

「いえ、まさか。むしろ、逆です・・・」

「逆?逆というのは」

「嬉しいのと、情けないのと、両方が、たまらなくて」

「情けない?」

「レイズが、僕の事をそんなにも想ってくださっていたというのが嬉しくて。なのに僕は・・・」

撮影の為に押した仕事もあるだろう。

三城に嫌味を言われただけではなく、出演者の女性にも思う所はあったかもしれない。

それでもただ受け入れていたクラインに対し、直哉の態度はあまりにも、今にして思うと子供っぽく嫉妬に塗れていた。

「ナオヤの何が情けなかったのか、私には分からないね」

「それは・・・その、僕がずっとそっけない、態度を・・・彼女達と居る所を見ていたくなくて、レイズの事も分からなくて、避けて、それで失礼な・・・」

「彼女たち?それは、あのタレントの?」

「・・・はい。気にするべきではないと、何度も思ったのですが。申し訳――ぁ」

クラインのカトラリーがテーブルのうえでカランと鳴り、マナー違反のそれを物ともせず彼は直哉の手を取った。

握り会った手。

彼の白い手がとても、今は熱かった。



  
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