レンズ越しの・・・編・21



彼の手のひらに包まれた手も、熱くなる錯覚に陥る。

それは更に涙腺を刺激すれど、レストランで男が泣けば、それも手を握りあって泣くなどすれば、嫌に目を引くしかない。

このままクラインの手を握り返したい心境を賢明に堪え、直哉は失礼にならないようそっと、そこから手を引いた。

「レイズは、お優しいです」

「私は優しくなどない。そうでなければ、ナオヤは泣いたりしないだろう」

「まだ、泣いてません」

「今にも泣きそうな顔をしている。ナオヤの胸の内は、聞かせてくれないかな?」

「・・・呆れられると思います」

元より、伝えようと思っていた。

この先も彼との関係を続けるつもりでいるならば、決して避けては通れない。

また同じような不満や不安を抱く可能性は多く、後になればなるほど、話し難いだろう。

止まり掛けていたフォークを握り返し、最後のナッツを食べる。

そうしていると、程なくしてボーイがサーモンのマリネの前菜の皿と取り替えた。

「レイズの、お考えが分かりませんでした」

「私の考え?」

「はい。テレビ取材の件や撮影後の打ち上げの件は、事後報告でした。それは当然と言えば当然で、僕が口出しすべき事でもないのも分かっています。でも・・・水橋さんが、ご存じでしたので・・・」

口にすればする程、つまらなく気恥ずかしくなってゆく。

なんとも自分勝手だ。

恋人同士であるなら何でも報告や伺い立てをしなければならない決まりなどないと思っても、それでも嫌なものは嫌だった。

最後は消え入りそうな程尻すぼみになる。

サーモンへ突き刺すフォークばかりを見て、顔を上げられない。

すぐにレイズの声が返されないと不安が増幅し、怒っているのか呆れているのか顔を見るのも怖くなる。

だが直哉が二口目を租借し終わる前に、彼は口を開いた。

「そのような事をナオヤは考えていたんだね」

「・・・申し訳ありません」

「何を謝るというんだ。全ては、私の至らなさからだ。ナオヤを苦しめていたなんて」

「苦しめてなんて、そんな。ただ僕の・・・」

反射的に顔を上げる。

そこに見たクラインは、いつになく眉を下げて顔を歪めていた。

普段はあれ程までに堂々と、誰に対しても胸を張っている彼が、今はまるで違った印象だ。

食事中であるのも忘れてしまうように、直哉は彼を眺めた。

「レイズ?」

「そういえば、先日ハルミにも言われたね」

「え?・・・副支社長ですか?」

「そうだ『選択肢を奪っておいてよく言う』と。私は本当に、そのような気はないのだけれどね。ナオヤの気持ちを無碍にしていたつもりはない。配慮が足らなかったようだ。すまない」

「そんな・・・あの・・・」

「私は昔から周囲に恵まれていたから、気遣いが足りない面がある。日本に来て、特に日本人の気遣いの多さにそれを実感していたところだ。それだというのに・・・」

「レイズ、僕は・・・」

クラインを責めたいわけではなかった。

今にして思うと、彼から謝罪が欲しかったわけでもない。

ならば何故気持ちを伝えたのか、流れるように気が付くと、直哉は呼吸を一つ吐き肩の力を抜いた。

「レイズ、そんな顔を、しないでください。僕は、貴方の謝罪が欲しかったわけじゃありません」

「ナオヤ・・・」

「僕はただ、レイズに知って欲しかっただけです。その・・・言って、欲しかったと。少し、嫉妬をしていたみたいです」

一つ口にして一つ認める毎に、気持ちが楽になる。

苦笑が浮かび、そして不思議とクラインが好きな感情が大きくなった。

彼が好き。

だからこそ、浮かんだ感情。

それを認めるのが怖くて、彼を好きだという気持ちすら見ないようにしようとしていたけれど、それは何より愚かしかった。

「すみません、僕の方こそ。公私の区別もついていなかったですね」

「何を、言っているんだ。ナオヤ、とても・・・とても嬉しいよ」

「レイズ?」

「本当、だろうか。・・・嫉妬?ナオヤが?信じられない」

「本当です・・・自分でも、驚いてます。自分はもっと、冷静な人間だと思っていました」

「そうだね、私もだ。ナオヤは・・・ナオヤはそういった事に寛容なのかと考えていたよ。私は、ナオヤとハルミが並んでいるだけで面白くないと感じてしまうのにね」

「・・・え?」

ふと、レイズが嘲笑を浮かべた。

それこそ、信じられない。

けれど、聞き返す言葉すら、今は思いつけなかった。

そのナオヤに気が付いたのだろう。

クラインは、一度直哉の眼差しを見つめ、皿へとそれを落とした。

「私たちはこれからもっと、多くを話さなければならないようだね」

「・・・レイズ」

「まだ交際をはじめて三ヶ月程度だ。気づき合えなくても当然かもしれない。けれど、それでナオヤを苦しめていては、私自身も苦しくてならない」

「そう・・・ですね。僕も、レイズとお話がしたいです。レイズのお考えも、きちんとお伺いを、したいです」

知らないからこそ、悩み、苦しんだ。

だが一度それを口にしてみると、一体何を躊躇っていたのか、それがどれだけつまらない事だったのか、はっきりと突きつけられた。

想いを伝えあう事は、簡単で何より大切なのだろう。

「レイズ、これからもその・・・・よろしくお願いします」

こんな、自分だけれど。

ふと、肩だけではなく胸も頬も軽くなる。

すっかり止まったフォークをテーブルに休め、向かい合うクラインに直哉は柔らかい笑みを向けたのだった。



  
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