レンズ越しの・・・編・22



レストランと同じホテルの中層階に、クラインは客室を押さえていた。

夕食後レストランの前で暫く待たされたかと思うと、数分して戻った彼の手にはルームキーが握られていた。

誘われるでも伺いを立てられるわけでもなく、さも当然だと案内されるのも、決して嫌なわけではない。

胸の中のわだかまりがなくなり、彼を求める感情ばかりが強くなる。

だが、部屋にあがるなり連れ込まれたのがバスルームであるというのは、初めこそ少しの拒絶心を感じてしまった。

「あっ・・・は・・・レ・・・レイズ」

バスルームの壁に手をつき、足を踏ん張る。

最新式の浴室は、洗い場のタイルが速乾で滑りにくいのは幸いだ。

けれど今はあまり、そこへ感謝を向ける気持ちを保ち続けられない。

むしろ、思考そのものが回っていないとも言えた。

「ナオヤ、きちんと立たなければ危ない」

「で・・・ですが・・・ふっ」

「ナオヤが、物事を『出来ない』というのは珍しいね。それ程、今が特別と思って良いという事だろうか」

「そ・・・な、だ・・・って・・・ぁはっ」

特別と言うなら特別だ。

今までに無い経験であり、考えた事もない。

壁に手をつく直哉の腰を、クラインが片手で支える。

そしてもう一方の手は、ボディーソープの柔らかい泡に包まれ直哉のアナルへ触れていた。

「ナオヤの此処は何度も伸縮しているね。気持ちが良いのかな?」

「そ・・・れは・・・ンッ」

セックスは、ベッドで行うものだ。

愛を確かめ合う行為は、互いを感じる為にある。

クラインと出会うまでの人生、つい三ヶ月前まで性行為未経験であった直哉の、幻想も含まれた理想だ。

その中に、バスルームでの行為は含まれていない。

世の中にはバスルームに限らず家中の様々な場所、それどころか室内ですらない場所で行う場面もあると知ってはいたけれど、それはアダルトビデオや雑誌の中だけ、フィクションの世界なのだろうと考えていた。

だがどうやら、クラインにとってはそうではなかったようだ。

「ナオヤ、良かったら良いと、声を聞かせてほしい」

「やっ・・・ぁ」

「や?嫌なのかな?」

耳元に落とされたクラインの囁きに、咄嗟に首を左右に振る。

嫌だと、切り捨てる事は出来ない。

今が辛いのは、行為そのものが嫌なのではなく、ただただ羞恥心故だ。

「恥ずか・・・しく、て」

「恥ずかしい?此処に居るのは私とナオヤだけだ。いつもと変わらないだろ。何も恥ずかしがる事はない」

「でも・・・それは・・・」

光源が集中しているような明るさも、声が反射する狭い空間のも、何もかも違うとしか思えない。

そのうえ、身体に触れる泡の感覚も、いつにないものだ。

カッと頬が熱くなる。

けれど後ろから腰を抱く彼には伝わらない。

身体を支える、壁についた両手の間に顔を埋めるよう顎を引く。

それをどう受け取ったのか、クラインは直哉の背に胸を密着させた。

それと同時に、それまでアナルの入り口を撫でていただけの彼の指が、直哉の体内へ差し込まれる。

急激な感覚。

けれど彼に愛される事を知った秘所は、ボディーソープの柔らかい泡の力を借りて難なくそこへ入り込んだ。

「やはり、ナオヤは可愛い」

「ふっ・・・ん・・・レイ・・・」

「何度愛しても、まだ初々しさがある。日本人の慎ましさ故だろうか」

「そ・・・そんな。僕は・・・」

「大和撫子と呼ばれるようなタイプは女性だけかと思っていたが、そうではないようだね。女性が誰しもというわけではないように、男性でもありえないものではないのだと、実感するよ」

「ふっ・・・あっ・・・レッ・・・」

クラインが、耳元に唇を寄せて囁く。

しかしもはや、直哉には半分以上、耳を右から左に流れていくだけだ。

それよりも体内に埋められた彼の指が、ゆっくりと、けれど的確に直哉の良い部分を探ってくる。

「初々しい」と言えば聞こえも良いが、未だ性行為というものに順応出来ずに居るだけだ。

何をすればクラインが喜ぶのかも掴めず、与えられた行為にどう返せば良いのかもわからない。

気を抜けば浅ましくなってしまい、それはみっともなくはないかと考えると、快感に身を任せるのはいけない事のようにも思えてしまう。

あまりの性経験の少なさ故に、何が「普通」で何が「特殊」なのかも判別出来ず、「特殊」にならないようにするには何を選べば良いのかも分からない。

素直になりきれない感情は、いっそクラインを騙してさえ居るようだ。

彼の指が執拗に一点を刺激する。

すると直哉のペニスは、腹につかんばかりに強度を増した。

「れ・・・レイズ、そこは・・」

「どうかしたのかな?」

「そこ・・・ばかりは・・・」

「此処は良くなかったなか?なら止めよう」

良いながらも、レイズは直哉の本心を察しているのかもしれない。

耳元で囁く声が、甘く、そして少し意地悪く響く。

そのうえ、そうしながら問題の箇所を押すので、意図的だとしか思えない。

「クッ・・・・」

喉の奥で直哉が息を飲む。

ここはバスルームで、ただでさえ声が反響する。

だからこそ、止めて欲しかった。

けれどもう遅い。

悲しさや怒りや、感情の高ぶりのどれからでもない涙が、直哉の瞼から溢れた。



  
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