レンズ越しの・・・編・24



高い天井から吊るされたクリスタルのシャンデリアは、ホテルやレストランでも見かけない程大きい。

中央に最も大きなそれが、左右に二回り程小さな物が飾られキラキラとした光が散っている。

ふとそれを見上げていた直哉は、視線を正面へと戻すと共に長く息を吐き出した。

「開演までもうすぐだね」

「はっ・・・はい」

「どうしたんだ、直哉。あぁ、直哉は初めてだと言っていたね」

「彼が指揮する物は」

緊張や興奮が合い乱れ、落ち着きを持てない。

精一杯表面には出さないようにと心がけながらも、クラインにまでは隠し通せないようだ。

クラインが、直哉の腕に指を伸ばす。

だがそれは、触れられる前に離れて行った。

「席は中央だから、早めに行っておこう」

「そうですね。それにしても、久しぶりで・・・」

テレビ取材が終了した日から一週間。

約束のコンサートは、朝から、否前日の朝から、この調子で落着けなかった。

もっともそれは直哉だけであり、クラインはいっそ慣れきっているように落ち着き払っている。

彼は立場や家柄上、こういった有名楽団のコンサートに招かれる機会も多かったと言う。

直哉も学生の頃は今よりも圧倒的に自由な時間があった為何度かオーケストラのコンサートに足を運んだ事はあるが、一流楽団の、それもセンターブロックは初めてだ。

フォーマルのダークスーツに身を包み甘く微笑むクラインは、自前のブロンドヘアも碧眼も、白い肌にすら目を惹かれる。

それは決して直哉だけではないようだ。

コンサートホールのエントランスロビーで立ち話をする面々の、男女問わずに視線を感じるのは決して気のせいではない。

彼の袖には美しい緑色のエメラルドが輝くカフスボタンが止まる。

それも、嫌味なまでにしっくりと自分の物にしていた。

それに対するなら今の直哉はどうであるのか、あまり胸を張れないところもある。

「それにしても、よく似合っている」

「いえ・・・いえあの、ありがとうございます。でももう、何度も・・・」

「けれど、家と此処では見え方も違うからね。よく、似合っているよ」

恥ずかしげもなくサラリと告げるクラインに、直哉の方が羞恥心というものが掻き立てられた。

お国柄の差か、個人の性格故か。

どちらもあるのだろうが、上手く受け答えも出来ないまま直哉はクラインに背を向けた。

クラインが用意をしていたのはコンサートチケットだけではなく、今直哉が袖を通しているスーツ一式もだ。

ビジネススーツとは質もデザインも違うダークスーツで、シャツやネクタイは勿論ネクタイ飾りやカフスボタンも揃えられていた。

それは直哉の持っている衣類のどれよりも、この日に相応しい。

今日はただのコンサート鑑賞ではなく、閉演後に憧れの人に会う。

特別な日なのだから、特別な物を用意してくれた彼にただただ感謝ばかりを感じた。

だがそれと、公共の場で恥ずかしげもなく賛辞を浴びせられるのとはまた別物だ。

「そろそろ席に向かおう。私もプライベートでの鑑賞は久しぶりだね。とても楽しみだ」

「プライベートとビジネスで、コンサートの鑑賞に差などありますか?」

「あるさ。一番はまず、直哉が隣に居る事だね」

分かった上で、言っているとしか思えない。

一際深く笑ったクラインが先に立って歩き出すと、完全に向けられた背を一瞬眺め直哉は唇を結んだ。

緊張や興奮や、楽しみでならなかった今日。

だがそれは、ただただ小山に会えるからだけではない。

「僕もです」

「・・・ナオヤ?」

「僕も、貴方とだから」

クラインが整えてくれた、今日と言う日、時間。

だからこそ、大切に、楽しみに、していた。

「レイズ、あの・・・」

「此処は公共の場であるからと堪えていたというのに」

「え?・・・ぁ」

先をゆく彼を早足で追いかけ隣に並ぶ。

誰に見られているのか、そもそも彼と言う存在に視線を感じてならない場故に触れはしない。

だというのに。

ふと直哉が彼を見上げると入れ違うように彼は高い腰を折り、そして直哉の耳へ、唇を寄せた。

「愛してる、直哉。今日を直哉と過ごせて幸せだ」

「なっ・・・ぁ・・・レイ・・・」

「さ、行こうか」

言うだけ言うと、彼はさっさと身体を起しホールの分厚い扉へと向かって行った。

やはりクラインは、自分のペースでばかり進めていく。

けれど今はそれが、決して嫌ではない。

「・・・僕もだと、言う時間くらい、与えてくれたら・・・」

誰の耳にも届かない唇の中の小さく呟きに、ふと頬が緩んだ。

それはきっと、口になどせずとも届いているのだろう。

防音の厚い扉を片手で支えて待つクラインの元へ足を向ける。

無意識に早足となった直哉は、ビジネスシーンでは見せる事のない柔らかい顔をしていた。



【完結】

*目次*