レンズ越しの・・・編・3



六本木の新築高層マンション。

その最上階から数階下のワンフロアが、クラインの自宅だ。

「ただいま」

「お邪魔します」

エントランスにのセキュリティーは強力で、フロントカウンター前のゲートを潜らなければなマンション内部へ入れない。

そのうえ、キーを所有しているか管理人室から許可の出たフロアにしかエレベーターは止まれないので、いっそ自宅に鍵は不必要にも思える。

だがそこも厳重な二重ロックで、それを当たり前に受け止めるクラインに続き、ようやく慣れ始めた北原が玄関を潜った。

あまり残業をしないクラインが、深夜残業も頻繁にある三城についている北原の仕事が終わるのを待つのは毎度の事だ。

今晩は珍しく定時そこそこで三城が仕事を終えたので、北原も彼と同時に終業となった。

「今晩のレストランは初めてだったが、なかなかだったね」

「はい、とても美味しかったです」

「ナオヤもそう言うなら、また訪れるとしよう」

直哉の自宅の半分はありそうな広い玄関をあがり、メインルームへ真っ直ぐに向かう彼を追う。

以前は自炊も行っていた直哉だが、彼との時間が増える毎に外食が増えていた。

生まれ育った環境も大きく影響しているのだろう、舌の肥えている彼に連れて行かれる飲食店は、レストランもバーもどれをとっても旨い。

食事経験があるかは別として、会食や接待先を用意する為に有名店は知っている方だと思っていた。

だがその直哉を持ってしても知らない店を彼は知っているし、知名度や営業期間の長さに関わらずどこも一流の味だ。

今晩訪れたステーキハウスもそうで、海外で修行を積んだシェフが日本に戻り開店させたばかりだという。

洒落た内装と、日本人好みのソース。

今は人気[ひとけ]がまばらでも、一ヶ月もすれば予約の取れないレストランとなっているに間違いない。

「今度は天ぷらに行こう。あの店は深夜を大きく回ってもまでやっている。ハルミに遅くまで仕事をさせられていても大丈夫だ」

「させられ・・・という意識は、ありませんが」

「あぁ、そういった意味じゃないんだ。気を悪くしたならすまない」

「いえ」

メインルームに入り、クラインがジャケットを脱ぐ。

それを反射的に手伝い、直哉は彼の重いジャケットを腕にかけた。

クラインはそうとされる事に慣れているし、北原はそうする事が身についてしまった。

どちらも自然と体が動くので、この件以外でもこういった行為は二人の中にはある。

預かったジャケットを持ち、勝手知ったるだとウォークインクローゼットへジャケットを掛けにいく。

決してファミリー向けマンションではない部屋だが、ワンフロアすべてが一つの家となっている為一人で使うにはとても広い。

二人暮らし向けに作られているのだろう。

一部屋ずつがとても広い3LDKで、トイレは二つ。

ウィークインクローゼットも二つあり、心持ち小さい側を北原は借りていた。

週の半分は訪れているので、どうしたところで下着を含む日用品を置く場所は必要となってくる。

「・・・よし」

クラインのジャケットをかけ、隣接する直哉が借りているウォークインクローゼットに向かう。

間借りをしているという事実故か、元の性格からか、直哉のウォークインクローゼットはすっきりと、ともすれば質素に整っている。

「ウォークインクローゼット」などと言いながら、立派にワンルームの広さはあるそこには、入り口のある壁をを除く三方にポールが張り巡らされているというのに、直哉の私物は入り口すぐのポールに、両手を広げたよりも狭い長さだけだ。

さっさと手早くジャケットを脱ぎ、丁寧さよりも早さだけを求めたようにハンガーへかける。

着て来た物と、休日に着て来て私服で帰った為において帰った物。

それが積み重なっているが、毎日のローテーションをするには少ない着数しかない。

クリーニングにも出さなければならないが、クライン御用達のクリーニング店は直哉の給料からすると分不相応で、自宅近くのリピート利用をしている店に行きたかった。

「帰らないと、な」

ふと出たため息はどこから来るものか、直哉自身分かっていない。

クラインには、同居を求められている。

こちらの方が社屋から近く、セキュリティーも整い、防音も断熱も何もかも、直哉のマンションよりも勝っているのは分かっているが、そのうえで返答を返せなかったので、現在も「間借り」中だ。

マンションを購入する時、クラインは三城と同じマンションを選ぼうとしていた。

だがそれに気がついた三城が断固拒否を訴え、どちらが上司であるのか、重役であるのか分からないまでに激高したので、その件はなくなり、妥協策として同じ区内のマンションを選んだ。

それはただ彼のマンションのクオリティーを羨んでなのか、もっと別のところに要因があるのか。

クラインの思惟は掴みきれない場面がある。

だが同居を求められている件については、三城とそのパートナーに感化されたのだろうとどうしても考えてしまう。

けれど、数度会っただけの恭一と、毎日見る三城の持参する愛妻弁当。

それがクラインの望むものだというなら、到底真似が出来そうにはない。

「ナオヤ、カフェかアルコールを飲むだろうか?」

「あ、はい」

メインルームからクラインの声がする。

手の中に握ったままであったハンガーをハンガーラックに戻し、直哉は彼の元まで急いだのだった。



  
*目次*