レンズ越しの・・・編・6



目の前で広げられる機材を眺め、直哉は部屋の壁際でさもすまし顔を浮かべていた。

午後、撮影陣が到着し挨拶もそこそこに撮影が始まった。

自身の出番まで部屋で仕事をすると三城は言い張ったが、しかしディレクター・田町及びクラインの強い要望によりそれは叶わないでいる。

「・・・やはり、面倒しかないな」

直哉の隣に立つ三城は、隠しもせずに不機嫌だ。

ポーカーフェイスだろうが社交辞令だろうが、必要とあらばいくらでも使いこなせる彼なので、今は余程取り繕う価値すらないと考えているのだろう。

だがこれ程までに不機嫌な面持ちをしていても、皺のないスーツもシャツも、良い色のネクタイも、髪一つ乱れていない様は嫌味なまでに出来る男を見せつけていた。

「受け入れたつもりだったが、実際目にすると、こんなもので貴重な一日を潰されたのかと思わずにいられないな」

独り言なのか、直哉を相手にしているのか、胡乱な眼差しで撮影機材の向こう側を眺め三城が呟く。

直哉にしてみれば、三城の仕事のサポート自体が仕事である為今も仕事中であるには変わらない。

だがそのうえでいつも以上に表情を消してしまうのは、この撮影自体に辟易としているのではなく、向こう側の光景があまり面白いとは言えないからだ。

「良い」か「悪い」や、「必要」か「不必要」かではなく、「面白い」か「面白くない」か、というものならば何事にでも言えるのだと考える。

仕事一つとっても、面白い仕事と面白くない仕事がある。

ただ一社会人として、面白くない場面であっても手を抜かずにそれらをこなさなければならないというだけの話しだ。

公私混同をしているわけではない。

だが今が、仕事の中でも「面白くない」部類の仕事である、ただそれだけだ。

内心回りくどい弁明を懸命に繰り返す。

そうしていなければ、三城と似たような面持を浮かべてしまいそうになる。

不機嫌を露わにしても許されるのは、三城という人物とその肩書がそれを許すからだ。

誰にでも認められるものではなく、一介の社員がそのように振る舞えば誰からも反感を買うだけだろう。

もっとも、そうでなかったとしても、不機嫌を不機嫌だと言える素直さが自分の中にあるかは未知数だ。

「北原さん」

「はい、何か?」

背を伸ばし、表情を押し隠し、まるで今が特別でないように三城の隣に居た直哉は、呼ばれた声に顔を向けた。

小走りに駆け寄る声の主水橋は、今日も直哉とは正反対の小ざっぱりとした笑みを浮かべている。

彼も決して表情が豊かであるとは言えない。

ただ、常に感情を隠し表情を出さないようにと心がけている直哉とは違い、多くを笑みで隠しているだけだ。

そういったやり方もあるのだと、彼を近くで接するようになり初めて気が付いたが、今更倣おうとは思えない。

「三城副支社長の執務室って撮影NGなんですよね?」

「えぇ、そう伝えていますが」

「分かりました。支社長に確認をして欲しいと言われたので」

「そうですか。NGだと、お伝えください」

「そのように。それにしても・・・やっぱりNG押し通したんですね」

スラリと背筋の伸びた水橋は、笑みを苦笑に崩しても嫌味はない。

いっそ親しみさえ籠りそうなそれに、自分にない様々な要素を見せつけられる。

そうしていると、直哉の隣で相変わらずの面持で全てを聞いていた三城が、軽く預けていた背を壁から離した。

「当たり前だ。俺は添え物だろう。それを隙あらば前面に押し出そうとする魂胆が気に入らない」

「あちらは、副支社長を添え物にしたくなかったんですよ」

「俺は出たいなどと言った試しは一度もない」

「存じております」

顔をしかめる三城をもろともせず、水橋は軽い言葉を掛けあう。

直哉も決して身長が低いわけではないが、きっちりと身だしなみを整えた水橋が三城に並ぶと嫌な程絵になった。

三城だけではない。

クラインと並んでいる時も、水橋は堂々と彼の横に居て見合っている。

同じことを自分自身に言えるのか、直哉は胸を張りきれないところだ。

「一度くらいは見てみたいです。三城副支社長の特集番組」

「くだらんな。そんな物を見たがるのはお前くらいだ」

「そんな事ないですよ。支社長も、北原さんもきっと。ねぇ、北原さん」

「レイズは無責任に喜ぶだけだろう・・・」

「私は・・・」

不意に振られた話に咄嗟に顔を上げる。

話しは聞いていたものの一瞬喉が詰まったが、すぐに浮かべ慣れた感情を内に秘めた面持を浮かべた。

「私は、副支社長の職務の妨げになる物には興味がありません。メリットよりもデメリットが多くあるように思われます」

「わ、北原さん辛口」

「だから北原は良いんだ」

やや頭上から降り注ぐ三城の言葉が、直哉の胸を掴む。

だがそれもつかの間。

ふと、雑多とした音を繰り返す窓際に視線がゆく。

その先には、色素の薄い髪のクライン、そして人工的に髪色を落としている女性が二人。

「やっぱり、タレントは可愛いですね。って、副支社長はご興味ないですよね」

「全くないな」

気持ちが、落ち着かない。

仕事はこなせており、今のところ大きなミスはしていない。

けれど、見る物聞く物に気を取られてしまう。

クラインが三城のようにキッパリとした言葉を話したなら、何かが違ったのだろうか。

胸の奥が燻る。

それを追い払うよう、直哉は撮影陣に背を向けた。



  
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