レンズ越しの・・・編・8



通常定時である時間帯に、社屋での撮影が終えられた。

クラインの執務室から始まった撮影は、C&G日本支社が扱う商品の紹介や、食堂での一幕など随分とカメラを回している。

一時間番組の、それもたったワンコーナー。

何分の構成となるのか知れないが、少なくともカメラが回っているのは一時間の二倍も三倍にもなる。

そのうえ、後日クラインの自宅も撮影するのだから、三城も零していたように、あまりの無駄に辟易とした。

もっとも、自身が映るわけではないので直哉の場合は、取られる時間だけに嫌気があるのではなさそうだ。

「ある意味、非常に疲れたな」

「お疲れさまでした」

「お前は退屈だっただろう。それとも、楽しめたか?」

「・・・いえ、私も本業業務の方が余程、有意義な一日を過ごせると思います」

「模範解答だがな。本心だと取っておく」

「ありがとうございます」

常に無表情を決め込む直哉の隣の三城は、常に不機嫌そうにしている。

常に笑顔の水橋の隣に居るクラインもまた、常に笑みを浮かべており、直哉の目から見たクラインは楽しげにも映った。

職務上での発言も表情も全て本心から来るものでないというのは分かり切っているが、そう頭で考えた上で、彼の心もそこにあるような錯覚になる。

仕事であれ撮影であれ、本心から楽しむのも大人の余裕なのだろう。

しかし、ただ今日はどこかそう割り切れないところがある。

それがどこから来る感情なのか見極めきれないが、自席にあらかじめ置いていたビジネスバッグへ手を伸ばす三城を目にするのも、心をかき乱してゆく。

そうしていると、扉を閉め切り鍵もかけた自室で三城は大仰に肩の力を抜いた。

「接待と、思えば割り切れない事もないが・・・ただのお遊びと言えばそうだな」

社屋での撮影は終了。

撮影隊は撤退の準備を始め、直哉と水橋は業務終了。

そして三城とクラインは、ディレクター田町と女性タレント二人と共に打ち上げという名の会食に出かける。

三城が帰り支度を整えている今、クラインも同じくの筈だ。

乱されてゆく気持ちはそれ故だとだけは、はっきりと分かった。

オフィスで三城とクラインを見送り、直哉は一人自宅へ帰路につく。

夕食は一人。

何も予定は立てていないが、ファミリーレストランか定食屋か、安価で手早く食べられるだけが利点の飲食店で済ませるだろう。

幸い社屋の近くには繁華街もあり、大抵の物なら揃っている。

目に付いた店に飛び込めば良いし、一人で空腹を満たす為だけの食事など何を食べても同じだ。

今までも何度もあり、むしろ数ヶ月前までは日常だった行為だというのに、それが今日はやけに気が重い。

「結局、あまり添え物でいさせてはくれないようだな」

「副支社長も、目立つお顔立ちですから」

「なんだ、水橋のような事を言うんだな」

「・・・申し訳ありません」

「構わない。どのみち今はもう職務外だろ。それに、振り回されているのは俺だけではなさそうだしな」

デスク上のバッグに触れかけた三城の指は、それを掴むことなく引き戻される。

流れる手つきでジャケットの内ポケットを探ると、彼はエグゼクティブデスクに寄りかかるようにして取り出した煙草を咥えた。

特別煙草を吸いたかった訳ではなさそうだ。

だが、すぐに部屋を出る気分にはなれなかったのだろう。

それを言うなら直哉も似たような気分で、紫煙を上らせる三城を眺め、微かに口ごもった。

「それは・・・」

「今晩の件も、聞かされてなかったんだろ?」

「いえ・・・」

「違うのか?」

「いえ、その通りです」

曖昧な言葉を三城が嫌うのは知っている。

だがその上で、はっきりとした言葉など出てこない。

見ていられなくなり顔を逸らすけれど、三城はそれについては何も言わなかった。

「あいつ、何考えてるんだ」

「私にも、まるで」

「だろうな。北原が知っているなら、そんな顔はしてない筈だ」

「副支社長・・・」

「別に俺は、上司にも部下にも、プライベートに口を出す気がなければ、興味もない。だが、俺が巻き込まれているなら話は別だ。出来ればあいつの意図を知りたいと思っただけだ」

今晩会食が設けられているというのも、直哉はクラインに聞かされていなかった。

知ったのは、今日の撮影の合間。

始めはクラインと田町の会話を盗み聞いてしまった為に知り、その数分後、三城に伝えているまるでついでのように聞かされた、それだけだ。

今日は金曜日。

特別用がなければ、必ず直哉がクラインの家に行く日。

当然のように今夜もそうするつもりでいたが、クラインに予定があるのなら話は別だ。

数週間ぶりに、直哉は一人の週末を過ごす。

「私も、分かりかねます」

「そうか。・・・これは、至ってプライベートな、単なる個人的な疑問だが」

「はい、何か」

「職務上は気が回り、俺の行動を先回りして考えられる北原が、あいつの事は分からないのか?」

「・・・え?」

「頼まなくてもタイミング良くコーヒーを出してくる、視線をさまよわすだけで何を探しているのか理解する。笑みを取り繕っていても、俺の疲労も不機嫌さも察してフォローを入れられる。なら、あいつの考えている事の片鱗くらいは見えているのかと思っていた」

煙を吐き出しながら、三城がチラリと直哉へ視線を送る。

彼もまた、直哉の事を良く見ているようだ。


  
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