清水の波紋・編・02



6年前の今日は、雨だった。

梅雨の季節とあり、鬱陶しい天気が数日続いていたような気がする。

実家暮らしとはいえ、もう二十歳になり親と出かけたがらない一人息子を残し、両親は買い物に出かけて行った。

そしてその途中───大型トラックに運転席側の側面から激突され、車は大破、両親は還らぬ人となったのである。

酷い大事故だった。

その現場を直接見てはいないが、ニュース映像や現場写真、そして無残な両親の死体からもその悲惨さは伝わって来る。

事故は明らかな相手側の過失で、それも個人ではなく運送会社の勤務中に起こった事もあり、多くの慰謝料を貰う事は出来た。

だが、幸田が奪われたものの大きさを考えれば、そんなものははした金にしかならない。

両親の死は、当然のように幸田の生活の全てを変えた。

何を置いても一番は、実家暮らしで両親に何もかも頼っていたところを、生活の一切を自分一人でしなくてはならなくなった事だ。

炊事洗濯といった家事だけではない。

家賃や光熱費、それから残された自分に掛けられた生命保険やローン、学費などの支払い。

葬式を行うだけでも四苦八苦し、その後は両親のカードを止めたり各所に死亡の連絡を回したり、幸か不幸か両親の死を悲しむ暇も無く気がつけば一人きりの生活が当たり前となってしまっていた。

そしてそうなった時、もう何週間も学校を休んでしまっていたが、それでもまだ単位を落としていないと解ってからは苦しい生活の中学校に通い続ける事にしたのである。

慰謝料を貰っていた事もあり、貧乏暮らしを呑むなら金銭はなんとかなった。

幸い数学の成績は大学でもトップクラスに優秀だったので家庭教師のバイトには困らなかったし、その年齢の時給にしては破格に良かった筈だ。

出来るだけ家には居たくはなくて、学校とバイト、それから夜はその手のバーに良く行くようになっていた。

寂しかったから、というのが一つ。

それから、両親の死について「ゲイである事がバレないまま死んで、親不孝をせずに済んでよかった」と己を無理やり納得させたかったというのが一つ。

当時の幸田は、ゲイである事に負い目を感じていた事もあり、そんな風にしか心のやり場がなかったのだ。

学校と勉強とバイトと、その合間を縫ってハッテン場に通っては、ただ飲んで同士と話をするだけの日もあれば、ワンナイトラブを楽しんだ日もあった。

若気の至りとやりきれない寂しさ。

けれど、そんな幸田の心の隙間を本当に理解し埋めてくれる男など現れはしない。

皆幸田の容姿と身体目当て。

一夜限りではなくきちんと交際を約束したとしても、似たり寄ったりの関係しか築けなかった。

幸田も若かったが、その相手も皆若かったのである。

二十代も前半の、まだまだ遊びたい盛りの男に大きな期待など持てもせず、幸田もまた身体を重ねている時だけ心を満たされればそれで良いと、男同士などそんなものだと納得していた。

寂しさや不安を埋めてくれなど言っても重く思われるだけ。

両親が亡くなる前から周囲に秘密で交際をしていた男も、幸田が天涯孤独となり気落ちを見せていると連絡が遠くなり、気がついた時には別の男と歩いているのを見かけた程だ。

浮気をしたや捨てられたなどと罵る気にもなれない。

元交際相手であった男が別の男と歩いているのを見る前から、幸田もハッテン場に足を踏み入れてしまっていたのだ。

その時は幸田はまだ誰とも寝てはいなかったが、ハッテン場に行っただけで浮気と言われれば浮気。

つまるところ、どっちもどっちだという話だ。

あらゆる面で精神的に参っていた。

心が押しつぶされないように、深く考えず上辺だけの関係を楽しんでいたのかもしれない。

辛い、あまり思い出したくもない数年間。

だが、毎年この季節になると思い出さずにはいられず、墓参りの日が雨だともなれば尚更であった。

雨の日に墓場へ来ると、見たわけでもないというのにどうしても脳裏に浮かんでしまう衝突事故のシーン。

それがまさかこうして笑顔で晴れ晴れと命日の墓参りに来られる日が来るなんて、一年前には想像もしなかった事だ。

献花を供え、幸田は墓石の前にしゃがむと瞳を閉ざした。

隣りで三城も同じようにしていると知れる。

暗闇の中思うのは、今の自分の幸せ、そして両親の健やかな眠り。

辛い事があっても続けていけるよう、これからの三城と二人の生活を見守って欲しい。

心の中で一頻り呟いたところで、幸田は目を開け立ち上がった。

墓前で嘆き悲しむのは遠い過去に終わらせてきている。

「春海さん、おまたせ」

「いや」

「行こっか」

「もう良いのか?」

「うん。お墓でそんなにする事もないし」

一歩詰め寄り寄り添って立った三城は、肩を触れ合わせそして指先に触れた幸田の手を取った。

無言で握られ指を絡ませられる。

その手の温もりは、胸まで熱くした。

「行こうか」

「うん」

指輪は見せ付けなかったけれど、仲は見せ付けれたと思う。

見渡す限り人の姿の無い墓地を、二人は駐車場まで手を繋いで歩いたのだった。




  
*目次*