清水の波紋・編・03



墓参りを終わらせ横浜のショッピングモールをブラブラとした二人は、その後三城が言っていたホテルのレストランで夕食をとった。

高層ホテルの上層階にあるそのレストランの窓から眺める夜景は絶景で、久しぶりのデートのムードを引き立ててくれる。

とはいえ、男同士がレストランで食事をしているのだから余計なムードなど漂わせない方が良いと頭では解っていても、それでも面前の三城が容赦なく甘い面持ちを湛えるものだから、幸田もつい緩んだ顔をしてしまう。

三城の左ハンドルの車を幸田は代運転行出来ない為互いに飲酒はしなかったが、旨い食事と落ち着いた雰囲気のレストランで甘やかな気分となり、早く帰宅し二人きりになりたいと食事を終えると早々にどちらともなく席を立っていた。

「春海さん、美味しかった」

「そうか恭一が喜ぶのなら何よりだ」

男が二人で歩くにしては近過ぎる距離を保ちながらエレベーターホールへ向かう。

エレベーターが数台設置されているそこは今は誰も居らず、奥まった二人っきりの空間につい甘えた気持ちになってしまった。

少しくらいならば触れ合っても構わないだろうか。

触れそうで触れていなかった肩をコンと三城に当てれば、彼の手がすかさず幸田の腰に回された。

強引に引き寄せられるでもなく、強く抱かれる訳でもなく、ふわりと添えられるだけの指先を妙に意識してしまう。

いつ誰が来るか解らない。

離れなければと思えどけれどなかなか離れる事が出来ず、幸田は10cm上の彼を見上げた。

取り澄ました表情を浮かべる三城は至って平然としており、よもや自分一人が感情を揺さぶられているようで、なんとなくアンフェアな気がする。

そんな幸せな不満を募らせていると、幸田の視線に気がついたのか三城がこちらを見下ろしフッと口元を緩めた。

不意打ちでそんな顔を見せられるから。

いつまで経っても三城の面持ちに赤面してしまうのだ。

小さく息を詰まらせ言葉なく彼を見返し、甘過ぎる雰囲気に周りが見えなくなっていたのかもしれない。

呼び出していたエレベーターが着いたと気がついたのはチンッと軽快な到着音を耳にしてからで、咄嗟にそちらを見やるとそこは無人ではなく中から二人連れの男が降りて来た。

「───ぁ」

「・・・・幸田?」

時間が、止まったような錯覚に陥る。

音も無くなり、隣りに三城が居る事すらも忘れてしまう。

こんな偶然はあるのか、何故彼がここに居るのか、幸田が真っ当に思考が繋がりきるより早く先に無音状態を破ったのは二人連れの片側、幸田の名を呼んだビシッと決めたスーツ姿が様になっている長身の男であった。

「やっぱり幸田だよな。昔以上に美人になっててビックリしたぞ。久しぶりだなぁ、何年ぶりだ?俺が大学卒業してからだから6年は経ってるよな」

「・・・日比谷、先輩」

正確には、彼の卒業よりも以前から顔を合わせなくなっていたので6年と半年以上ぶりだ。

そんなつまらない事だけを瞬時に脳裏に浮かべ、幸田は彼を見返した。

幸田を綺麗になったなどと言った彼自身も、6年の月日を経て落ち着いた男の色気を湛える美丈夫と成っている。

目の前の男・日比谷智光【ひびや・ともみつ】は幸田の大学時代の先輩であり、そして個人的にも一時期は親密な関係を築いていた人物であった。

「お久しぶりです。そうですね、6年ぶりだと思います。こんなとこで会うなんて偶然でびっくりしました」

「そうだな。俺今は東京だからこっちに戻って来たのも久しぶりでさ」

過去がどうあれ、懐かしい物は懐かしい。

というよりも、もう「過去」と言い切れる程遠い記憶だから、と言った方が正しいだろうか。

日比谷と見つめあう格好となっていた幸田は、隣りの三城の存在を思い出しハッと我に返った。

「そうなんですか。僕も今は東京で」

「そうか。そういやお前今何処に───」

「恭一、こちらの方は?」

日比谷の問いを遮るよう、今まで沈黙を守っていた三城が口を開いた。

ほっそりと作られたように整った微笑を浮かべ、スッと何気なく二人の間に身体を滑り込ませる。

人のよさそうな口調ではあったが、幸田は瞬時に喉を詰まらせた。

三城は、明らかに怒っている。

怒っているという言い方が不適切であるならば、不機嫌になっている、でも良いがどちらにせよ後に被害に合うのは幸田だと瞬時に理解した。

その原因が何であるか、解らない程愚かにはなれない。

「えっと・・・大学の先輩で・・」

当たり障り無く紹介をしてしまえば良い所を、三城を気にしすぎたあまりしどろもどろになってしまった。

視線を彷徨わせる幸田に三城は優しげに言葉の続きを待ってくれたが、それがむしろ恐ろしい。

「大学の先輩で、その・・」

「何?もしかしてこの人幸田の彼氏?」

「・・・」

「・・・・先輩っ」

「はじめまして、幸田の大学時代の一年上の日比谷と申します」

スーツの胸の隠しから名刺ケースを取り出した日比谷は、それぞれに名刺を差し出した。

日比谷のフルネーム、それから会社の名前や役職が書かれたシンプルなものであったが、それを渡された時の日比谷の様子からそこに彼の自尊心があるように感じた。

「大学時代のご学友でしたか。三城春海と申します。恭一との関係は・・ご想像にお任せする、という事で」

「またまた。・・三城さん・・C&Gの日本支社副支社長さんですか。凄いですね」

「いえ。周囲に恵まれての役職に過ぎません」

心にもない事を言ってのける三城はやはり幸田の知らない彼で、いつかのパーティーでご婦人方を相手にしている時と同じであると気がついた。

「なるほど、幸田が好きそうなタイプだな」

「恭一とは親しいご関係で?」

「一時期ね。・・・察しはついているんじゃないですか?」

「さぁ?」

「・・・。幸田は名刺ないのか?」

「あ、すみません。普段持ち歩いてなくて」

予備校教師の時も名刺というものは滅多に使わなかったが、高校教師となればなおさらだ。

ビジネス後なのかスーツ姿の日比谷はともかく、私服のジャケット姿の三城も直ぐに名刺を取り出した事に内心驚いている。

「そっか。また連絡欲しい、なんて三城さんの前で言っちゃ不味いよな」

「えっと・・いえ、その・・・」

「ま、OK出たらで良いから気が向いたら連絡してよ。俺も今は、さ」

「・・・ぁ」

言葉に含みを持たせ、日比谷はニヤリと笑って見せると傍らの男性の腰を軽く引き寄せた。

三人の会話に言葉一つ挟む事無く影を潜めていたその男性は、中肉中背で有り触れた容姿ではあるが、どちらかといえば可愛い部類に入るだろうと思えた。

「では、私達はこれで。行こうか、恭一」

「あ、はい。じゃぁ、また・・」

「また、ね。そんな事言っちゃっていいの?」

「・・・あ」

「相変わらずだな。じゃぁ、『また』」

ただ口をついただけでそこに深い意味などはない。

そこをすかさず突いてくる日比谷も、幸田からみれば「相変わらずだな」である。

いつになく幸田を気遣って見せる三城に促され、いつの間にか押されていた呼び出しボタンに呼ばれやってきたエレベーターへ乗り込む。

振り返ったと同時にエレベーターの扉はゆっくりと閉まり、その隙間ら手をふってみせる日比谷を、幸田は三城の後ろから目を離せず眺めていたのだった。



  
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