清水の波紋・編・11



少し迷いはしたが、どうせ海外に出張中だと、三城には今夜の飲み会については伝えない事にした。

三城に対して後ろめたさがあるのは言うまでもない。

幸田は大石と共に職員室で時間を潰した後、待ち合わせ時間を見計らい学校を出た。

車で出勤しているのだと思い出したのはその時である。

だが、どうせ今から飲みの席に行くと解っているのだし、アルコールを断るのも申し訳なく、ならば乗って帰れないので仕方なく愛車は学校に置いくと決めた。

守衛さんには伝えておいたし、警備も万全な学校なので一晩くらい問題はないだろう。

駅まで歩き電車に乗るのも久しぶりだ、などと思いながら定期の大石の隣で新宿までの切符を買った。

今日の飲み会の発案者が日比谷ならば、店を決めたのも彼らしい。

幸田にも大石にも馴染みのない店だが、駅からも近くリーズナブルで旨い店だと聞いている。

どんな店だろうかだとか、日比谷はどんな風に変わっているかだとかを大石が話しているのに相づちを打っているうちに電車は目的駅まで到着し、大石の携帯に送られて来ていた地図を頼りに件の店を目指した。

「ここだな。時間も良い頃合いだ。あいつは着いてるかな」

見るからに洒落た門構えの居酒屋だ。

居酒屋という名称であり和風ではあるが、モダンな雰囲気でいかにも若者向きといった感じである。

スライド式の扉を開け店内に進む大石に幸田も続く。

店内も店構え同様洒落てはいたが、見渡す暇もなく店員に案内された。

待ち合わせだと言えば店員は聞いていたようで、進んだ先のテーブルには日比谷の姿が見えた。

「久しぶり、大石。幸田も来てくれて嬉しいよ」

「久しぶりだな、日比谷。なんだ、いっぱしの商社マンじゃないか」

「まぁな。お前は教師に見えない事もないが、幸田は教師らしくないな」

日比谷を見つけるなり、店員をそっちのけに大石と日比谷は口を開く。

幸田にしても愛想笑いを浮かべるしか出来ず、それでもメニューなどの説明をやり終えた店員はいつの間にか居なくなっていた。

四人掛けのテーブルの日比谷の向かいに座った大石の隣に幸田は腰を下ろし、勧められるがままにメニューを開く。

とはいえ、そんなものはポーズでしかない。

開いたメニューなど大して見もせず、手を上げると店員を呼び生ビール3つと、早く出てくるあてを数点注文した。

ビールが運ばれて来るまで改めて日比谷を眺めると、今日の彼は先日会った時とまた違った印象であった。

この間よりももっとビシッと決まっているというか、隙の無さが伺えるというか、一日の仕事も終えた夜だというのにネクタイも髪も崩れていない。

ふと視線の合った彼は、幸田を見つめ柔らかく口元を綻ばした気がした。

間もなくして運ばれてきたビールを待ち、三人は改めて再会の挨拶と共に乾杯を打ち慣らせた。

「いやぁ、久しぶりだな」

「お前とも一年は会ってないよな」

「そうだな。あ、でもお前、幸田とはこの間会ったんだって?」

数度目の「久しぶり」を口にした大石に、ビールを煽った日比谷も同調を見せる。

いかにも楽しげな二人に対し、幸田が居心地の悪さをぬぐい去れずに居ると、不意にそれを増幅させる「この間」というフレーズが聞こえビールが噎せてしまった。

この間、つまり三城も居た週末。

それを何と話すのだろうと、大石にばれないよう幸田が恐々と日比谷を見やると、一瞬だけ幸田をチラリと見た日比谷はなんて事のない眼差しをしていた。

「まぁな。と、言ってもほんの一瞬だったからな。それにお互い連れが居たし挨拶をした程度だよ」

「連れ?」

「あぁ。友達。な?」

「あ、あ、はい。そう、なんです」

「そうか。幸田から友達の話はあんまり聞かねぇけど、友達くらい居るわな」

ひっくり返る声で返答を返す幸田に、妙に納得した様子の大石。

その向かいで、日比谷だけが訳知り顔で笑っていた。

実際は三城は友人ではないし、ここ数ヶ月毎日のように顔を合わせているが故にばれていたように、実際は大石の読み通り幸田には友人らしい友人も居ない。

思わず乾いた笑いを浮かべる幸田に気づいたのか否か、日比谷はさりげなく話題を変えた。

「それより、俺は幸田と大石が同じ高校で教鞭とってるって方に驚いたね」

「あぁ。今年年明けくらいだな、教師の欠員が出て現職教師からの推薦を募集しててさ。俺が幸田に連絡したんだよ」

「へぇ。・・そういや、大石は幸田が高校の教師成れなかったのも予備校で講師やってたのも知ってたんだな」

「まぁな。・・ってお前知らなかったのか?」

「・・・」

「あぁ。俺は卒業する半年くらい前からあんまり会ってなかったからさ」

思わず視線を逸らせてしまった幸田に、けれど日比谷は笑ったまま片手を振った。

どちらの方が不自然か、やましい事があると路程しているのかは考えるまでもない。

大石の隣に座っていたからこそその表情の変化に気づかれずに済んだ。

「ほら、俺は四回生の結構早めに今の会社に就職決めただろ?別にどうしても教師になりたくて教育学部選考した訳じゃなかったし。それでだんだん大石達共会う時間合わなくなってたじゃないか」

「そういえばそうだな。ほんと、お前が商社に就職決めて来た時は驚いたぞ。っていうか『裏切り者!』ってな」

「そうかもな。けど、ギリギリまで粘ったって、その頃には学校どころか三流企業だって拾ってくれないだろ?」

「まぁな。若かったあの時はともかく、いまじゃお前の選択は正しかったと思うよ。俺は夢が叶ったし私立だからそこそこの給料貰えてるからラッキーなだけだ」

冗談めかして言い、大石は残り少なかったビールを飲み干した。

いくら教育学部を出て教員免許を取ったところで、全員が教師に成れる訳ではなく、少子化の昨今では教師の募集は少ない。

空のジョッキをテーブルへ戻すと大石はすかさず手を上げ、ついでに三人分の追加のビールとつまみも注文した。

昔話につきものだとしても、妙にしんみりした空気が長引くのは辛い。

それも飲み会始まって早々、まだ酔ってもいない頃なら尚更だ。

やはりこの組み合わせは居心地が悪い、と幸田は手持ち無沙汰にビールとつまみばかりに構っていたが、新しいジョッキが届けられたのと同じタイミングで大石が立ち上がった。

「あ、悪いちょっと電話出てくるわ」

「えっ」

「わかった。こっちは気にするな」

「あぁ。悪いな」

待って、行かないでくれ。

今ここで日比谷と二人きりになるのは困る。

それならばどんなに居心地が悪かったとしても3人の方がどんなに良いか。

そんな幸田の心の叫びなど届くはずもなく、大石は既に携帯電話に耳を当てながら、店の外へと急いで行ってしまったのだった。





  
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