清水の波紋・編・13



やはり三城の出張は延長となっていた。

時差の関係でなかなか電話での連絡が取れない為、三城が今どのような状態にあるのか詳しくは知らなかった。

仕方がないと思えど寂しい気持ちは拭えない。

体調は崩していないか、食事はきちんととっているか、心配はすれどただ離れた日本の地から思い馳せるしか出来ない自分が情けない。

そのうえ、帰国予定日も未定だと言うので余計にその想いは募っていた。

それがようやく、明日三城が帰って来るのだ。

朝目覚めてすぐに携帯電話を確認すると、その旨が簡潔に書かれたメールが届いていたのである。

早く三城に会いたい。

朝から上機嫌の幸田は、その良い気分を保ったまま、職員室で一人昼食をとろうとしていた。

朝確認した三城からのメールはもちろん、その後午前の授業にしてもスムーズに進み良いこと尽くめだ。

もっとも、その午前の授業を受けた生徒からすれば、幸田が上機嫌で見るからにニコニコと笑みを振りまいているからこそ、よりスムーズに授業が進んだようなものなのだが。

熱い茶を入れ、コンビニで買ってきた弁当を広げる。

三城が出張にいってしまい夕食は外食になっていた幸田だが、最近では一人分の弁当を作るのも億劫になってしまい、昼食はもっぱらコンビニや購買だ。

つくづく、己は料理が好きで料理をしていた訳ではなく、三城に喜んでもらいたいが為だけにそうしているのだなと実感した。

食事には全く拘りがない事もあり、コンビニ弁当の昼食は可もなく不可もなくで腹を満たせればそれで良い。

からあげを摘んだ幸田は、そういえばと数日前の出来事を思い出し苦笑を浮かべた。

手作り弁当からコンビニ弁当への変化を大仰に捉えたのは、幸田よりもその周囲、特に女性教師二人である。

元々幸田の自作弁当を「可愛い彼女・ハルミちゃんの愛妻弁当」と勘違いされていたのは知っていた。

しかしなんとなく訂正出来ずに居たのだが、昼食が市販弁当という日が続くと幸田とハルミちゃんの「別居説」が本人の耳に届く所で囁かれたのである。

別居だけならともかく、結婚もしていないのに「離婚した」などと言われては苦笑するしかない。

どこまでが本気かは解らないが、有りもしない事を女性二人に慰められ続けるのもどうかと思い、「別居説」と「離婚説」については否定をしておいた。

そんな事があったのも、今思えばとても以前のようだ。

三城が帰国すれば、また手作り弁当の日々に戻る。

朝夕の食事もきちんと作り、時には新しいレシピにも挑戦するだろう。

そう考えただけで幸せな気分になった幸田は、冷め切った市販の弁当もとても美味しく頂けた。

彼に会いたくて会いたくて仕方がない。

会えば何を話し何をしようか。

今ならばどんな困難や苦難・厄災も笑って受け止められるのではないか、などと冗談めかしに考えていると、机の上に置いていた幸田の携帯電話が光った。

授業中は着信音はもちろんバイブレーションも邪魔なので全てサイレントにしている。

その為着信に気づけないので、職員室に居る時は見える場所に置くようにしたいた。

この着信は三城からか、そう期待し幸田は慌てて携帯電話を取り上げたが、しかしメールの到着を知らせたのは別の人物───日比谷からであった。

「・・・日比谷先輩」

先日の大石を含めた三人での飲み会の後、幸田は約束通り日比谷に連絡を入れていた。

とはいえ、己のアドレスを知らせる為の簡単なものだ。

日比谷からも折り返しのメールは返っては来たものの、その後何と発展する事は無かったし連絡もそれきりであった。

それを今日はなんだ、と思いながら読んだ短い文章に幸田は無意識に宙を仰いだ。

『今日仕事、早く終わりそうなんだ。良かったら飲みがてら食事でもどうだ?』

次にメールが来るなら、こういった内容だろうとは予想していただけに驚きは無い。

「・・・今夜か」

三城の帰国は明日。

明確な時刻は聞いていないが、これまでの経験から考え昼から夜にかけて帰宅するだろう。

また昔話をしたい、という日比谷に同意はすれど三城が居る時に日比谷と食事をするとなれば彼は必ず良い顔をしないだろうし、幸田もまた気後れをしてしまう。

そう考えるならば、今夜がラストチャンスと言えなくもない。

この間の飲み会の席は、初めこそ居心地が悪かったが結局のところ学生時代に戻れたようでとても楽しかった。

また三人で飲もうと約束もしている。

けれど、大石が居れば出来ない話があるのも事実。

「・・・何がある訳でもないからいいか」

ただ食事をして酒を飲むだけ。

どこにでもある大人の男同士の付き合い。

加えて、一人で飲食店に入るのも広すぎる自宅で一人テイクアウトの食事をするのも、せずに済むならその方が良い。

むしろその気持ちが何より強いかも知れない。

幸田は、日比谷の携帯電話のアドレスに了承のメールを送ったのだった。



  
*目次*