清水の波紋・編・16



秒針がカチカチときっかり5回鳴るのを待ち、三城は幸田から視線を外すとため息を吐いた。

「何を言い出すのかと思えば。そんな虚言を持ち出してでも言い返したいのか?」

「きょっ虚言って・・・。じゃぁ、春海さんは違うって言うの?」

「当たり前だ。何故俺がそんな所に行かなくてはならない。そうか、それもあの男に吹き込まれたんだな?俺よりもあの男の言葉を信じるのか?」

「それは・・・でも、だって」

日比谷が見たと言ったから。

それももう一人の男性と一緒に見たと言うから、三城が二丁目のバーに居たというのがあたかも真実のように思えたのだ。

口ごもる幸田を、三城は不機嫌そうに見下ろした。

「証拠はあるのか?」

「証拠は・・・ないけど」

「証拠もなく、恭一は俺を疑うというのだな?ショックだ」

「それは・・・でも、先輩が見たって言うから」

「見ただと?そんな嘘ぐらい、小学生でも上手く吐ける」

「でも!・・、でも、僕は・・・その、春海さんがそこでバーテンと仲良くしてたって聞かされて、何か、何かこう、鍵みたいな物も貰ってたって聞いたから。気が動転してたのかも知れないけど、でも・・・」

ショックだ、などと言いながらも高圧的でしかない三城からは本当に「ショック」を受けているなどと伝わって来ない。

それならば、真実味のある口調でその時の情景を語って見せた日比谷の言葉を聞いた時の己の方がどんなにショックであった事か。

だが、これでもかと取りつくシマもなく言い切られれば、やはり嘘を吐いているのが日比谷であり、自分は選択を間違ったのだと思わされる。

きっと三城は潔白なのだろう。

もしくは、嘘を吐いていたとしても絶対に認めない。

証拠の品もなく三城に食ってかかった己が浅はかだったのだ。

「・・・。ごめんなさ───」

ならばこれ以上無駄にやっかみ続けるのは、時間も体力も無駄。

腑に落ちない気持ちもあるが、今回もSEXをして流してしまった方が楽になれるかも知れない、などと考えながら幸田がうなだれ頭を下げかけたその時である。

それまで眇めた眼差しで幸田を冷たい眼差しで見下ろしていた三城は、ふと表情を緩めると片手を口元に添えた。

まるで何かを思案しているようにも思える仕草に、幸田は下げかけていた顔を上げる。

「春海、さん?」

「恭一、それは何処の店だったと聞いている?」

「お店の名前までは聞いてないよ。ただ、『二丁目』としか」

「そうか」

「なに?・・・っ、春海さんもしかして・・・」

心当たりでもあるのだろうか。

ならば、やはり正しいのは日比谷となるのだろうか。

何を信じて良いのか解らず動揺するばかりの幸田の腕を、三城はすかさず掴んだ。

「ついて来い」

先ほどとは違い、痛みなど感じさせない手つきである。

だが強引さには変わりなく、三城は帰ってきたばかりの玄関へ踵をを返すと幸田に靴を履くよう促した。

「春海さん、外?」

「あぁ。そうでなかったら靴を捌けなどと言うか」

「それは、そうだろうけど。だったら、どこ行くの?」

「あの男が俺を見たという店だ」

「え!?」

何故日比谷が三城を見かけた店が解ったのだ、などと呆けた事を口にしそうになったが、幸田は咄嗟のところで言わずに済んだ。

知っているも何も、三城が事態を認めるのであれば知っていて当然である。

だが、まさかそこに連れて行かれるなどとは思いもしなかった。

三城に腕を掴まれたまま地下の駐車場へ連れて行かれ、あっと言う間に数週間ぶりの彼の愛車の右側の助手席へ放り込まれた。

「春海さん、どうして?」

「あの男もそこへ呼べ。俺を見かけた店に来いと言うんだ」

「え?でも・・・」

「店が解ってしまったから、そうだな、名刺が出てきたとでも言え。個人的に相談したい、とでも口にすれば奴は来るさ。俺が一緒だとは言うなよ」

「え・・・でも」

阿呆のように同じ言葉を繰り返した。

躊躇うのは、己がその店に、三城の相手がバーテンダーをするという店に行くという事か、それとも日比谷を嘘で誘い出す行為か。

だが、今の三城には到底逆らえないものがあった。

信号待ちの短い停車の隙に手を伸ばし幸田のズボンのポケットから勝手に携帯電話を取り出した三城は、二つ折りのそれを開けると幸田へ突きつけた。

「俺を信じたいなら奴に電話を掛けろ。もし、あの男を信じるというなら、好きにしろ」

「・・・」

ずるい。

そんな言い方をすれば、選べる選択肢など有って無いようなモノだと解っていているくせに。

しかし、三城とはそういう男であり、残念ながら幸田はそうと解った上で彼に惹かれそして生きると誓ったようなものでもある。

「っ・・」

三城を、愛する彼を信じている。

嘘をついて呼び出す日比谷には申し訳ないが、後でしっかりと謝るしかない。

延ばし掛けた指に一瞬躊躇いを見せたが、けれど幸田は同意の言葉と共に三城から自分の携帯電話を受け取った。




  
*目次*