清水の波紋・編・17



近くのコインパーキングに車を停めた三城に、幸田は件のバーへ連れて来られていた。

この界隈のどこに駐車場があるのか、そこからどうようにして目的の店に行くのか、微塵も迷わない辺り三城が此処へ来馴れていると教えられる。

三城は幸田が聞いてきた日比谷の証言を否定しながらも、実際に「俺を見たという店」を理解しているというのはどういう事か。

そして何故その店に連れて来られているのか解らないまま、薄暗い店内を勝手知ったるとばかりに奥に進んだ三城は隅のテーブル席に幸田を座らせた。

「待ってろ、ドリンクを頼んでくる」

「あ、うん。ありがと」

席に着くなり、三城は腰を落ち着ける事なくカウンターへ向かった。

その仕草すら、今の幸田には何となく不自然な物に映ってしまう。

まさか今この隙にお相手のバーテンダーと打ち合わせをしているのでは、などと勘ぐってしまえば、そんな事を考えてしまう自分自身に嫌気が差す。

三城を信じていると言ったのは何処の誰か。

これでは十分に信じ切れているなどとは到底言えないなと、チラリと見やったカウンターの三城とバーテンダーの様子を伺う。

そこに居たのは茶髪にウエーブを掛けた若く可愛いタイプの青年で、日比谷が見たというのが彼か否かも不明だが、とりあえず三城と彼との間に特別な感情は無さそうに見えた。

三城の思考など普段から解らない方が断然多い。

彼が聡明だからか、己が天然だからか。

もっとも、幸田を「天然」などと言ってくるのは三城くらいのもので、幸田自身の自覚は殆どないのだが。

けれど、今の三城の行動の奇怪さが通常以上だ。

バーテンダーと三城から視線を反らすよう俯きため息を吐いた幸田は、程なくして近づく足音に顔を上げた。

「・・・ぁ」

「幸田、待ったか?」

「・・・日比谷、先輩」

そこに居たのは、自ら呼び出した格好となっている日比谷で、てっきり三城が戻ってきたのだとばかり思っていた幸田は、呆けた顔で彼を見上げた。

当然の如く幸田の向かいへ座る日比谷は仕事帰りなのだろう、スーツ姿でネクタイを緩めもしていない。

彼の社屋も三城同様この辺りだったような気がしないでもないが、会社から直行してくれたのかと思えば申し訳なさも持ち上がる。

「すみません、呼び出してしまって」

「いいんだよ。それより、証拠出てきたんだって?それでそんなに慌てた?」

「・・・え?ぁ」

クスリと笑う日比谷に幸田は自身に視線を落とすと、彼が何を指しているのかは直ぐに分かった。

カジュアルというかラフスタイルと言うか、自宅で料理をしているところを引っ張ってこられた幸田は、部屋着同然の格好をしていた。

目も当てられないような装いとまではいかないか、精々コンビニに買い物へ行くレベル。

仮にも都会の真ん中の、出会いの場でもあるこのようなバーに来る服装としては似つかわしいとは言い難い。

今更ながら思い出したそれに羞恥から頬を染め、幸田は曖昧に笑った。

「あ、まぁ、その、そんな所です」

「そう。ショックだったんだね」

「えぇ・・まぁ・・・」

証拠は何も出てきていないし、慌てて飛び出したというよりも無理やり連れて来られただけだ。

嘘を吐くのは好きではなく、煮え切らない返事で誤魔化す幸田に、日比谷は気にした様子も見せず片手をその頬へ伸ばした。

「それで?どうして俺を呼び出したのかな?俺に慰めて欲しい?」

自信有りげで強気にすら思える眼差し、そして口調。

とはいえ、あのような───証拠が見つかったから相談したい、などと言えば日比谷が何かを期待しても仕方が無いが、だがそれに応える訳にはいかないと、幸田が彼から離れようと身を引いたその時、頭上から良く知るバリトンの美声が注がれた。

「それぐらいにしておけ。それ以上恭一に触れるな」

鮮やかな液体が注がれたグラスを二つ手にした三城が、二人を見下ろすと特に日比谷を睨みつけていた。

「・・・お前」

「春海さん」

「幸田、どういう事だ?」

「えっと・・・」

なんとも居心地が悪い。

それもそうだ、結局のところ日比谷を騙し呼び出したのは幸田である。

視線をさ迷わせるばかりの幸田の隣の椅子を引いた三城は不遜としか言いようのない面持ちを浮かべ、自身と幸田とそれぞれの前に手にしていたグラスを置くと、彼はさも堂々と空になった腕で幸田の腰を抱き寄せた。

「はっ春海さん」

「ここは、そういう店なんだろ?」

「そっ、そうだけど、でも・・・」

だからといって、何事にもタイミングというものがある。

離してはくれそうにない強い腕におろおろとしていると、日比谷があから様な作り笑顔を浮かべた。

「何?もしかして、証拠だとか全部嘘で、二人の仲を見せつける為に俺を呼んだ訳?」

「そうだ」

「違います。そうじゃなくて」

嘘は嘘で間違いないが、仲を見せ付けるなどと微塵も考えてはいない。

第一、現在の三城と幸田がそのような雰囲気ではなかった筈だ。

動揺しながらも声を張る幸田に、三城と日比谷の視線が一斉に集まった。

どちらも、口元は笑っているというのに目は怖い程に真剣で、幸田は開きかけた唇を閉じたい衝動に駆られる。

仲を見せつける為などではないが、ならば何の為なのだと聞かれても幸田は解らない。

そもそも日比谷を呼んだのは、ただ三城に言われたからに過ぎず、幸田は事態の首謀者三城を見やった。

「春海さんが・・」

「何?幸田が呼んだっていうのも嘘だったの?」

「仕方が無いな。そういう事だ。お前を恭一に呼び出させたのは俺で、お前に用があるのも俺だ」

「・・・お前が?」

「『お前』だと?社外では威勢がいい物だな。先日は随分と遜っていたというのに」

「っ・・・」

「社外?」

いかにも小ばかにした様子の三城と、頬をひくつかせる日比谷。

『先日』とはホテルでの鉢合わせしか幸田には思いつかなかったが、それにしては『社外では』という言葉が不釣り合いだ。

睨み合う二人を前に、幸田はどこか疎外感を感じながら頭上に疑問符を浮かべるしかなかったのであった。



  
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