新婚旅行リベンジ・編・10



これもファーストクラスの特典だろうか、幸田達は着陸後直ぐに飛行機を降りる案内がされた。

出発時は乗り込む時間帯がバラバラだった為他の乗客をあまり見る事は無かったが、降りる為に立ち上がった面々を見渡せば、辺りに居たのはそこそこの年齢のそれも揃って上質なスーツに身を包んだ男性ばかりだ。

年齢的にも出で立ち的にも浮いている幸田は、ただそれだけでチラチラと興味深げな視線を送られてしまい、いたたまれなかった。

帰りも同じくファーストクラスだと言っていたので、その時は必ず、多少息苦しくてもスーツを着よう。

もっとも三城が用意したあのスーツケースの中にスーツが入っているのか、そもそも何が入っているのかも知らないのだけれど。

郷に入れば郷に従え、は日本人の精神だ―――、と言えば三城に鼻で笑われてしまった。

とにもかくにも、そうこうしているうちに荷物受け取り場に着きスーツケースを引き取る。

続いて入国審査を受ける為、出国審査の時と同じような小さく囲われたゲートに通された。

一時の事とはいえ見知らぬ地で三城と離れるのは心細くて仕方がない。

ゲートの中には、いかにもな黒人の大柄な男性係員が一人居り、テロ対策の為か厳重に身体検査が行われた。

やましい事は何もないとはいえ、緊張に硬くなりながらのそれは実際の時間よりも随分と長く感じる。

その上、身体検査にあたった係員はなにやら早口の英語をまくし立てているが、本場の英語は想像以上に脳に伝わっては来なかった。

(どうしよう・・・・全然、聞き取れない。)

怒っているようにも見える表情で係員が何を訴えているのか、幸田には全く解らない。

身長も体格も自分の何倍もある男の迫力に、幸田はタジタジとするばかりだ。

(春海さん、助けて・・・)

『ノー、イングリッシュ』とでも言えば他の対処をしてもらえたのだろうが、咄嗟の事にそこまで頭も回らない。

───「一度覚えた語学など、簡単には忘れない」と三城は言っていたが、そんな言葉は嘘だ。

もしくは三城を含む極一部の頭の良い人間には当てはまるのかも知れないが、少なくとも幸田は全力で否定をするだろう。

思えば、学生時代から国語を含む語学関係は苦手なのだ。

高校時代にしろ大学時代にしろ、数学の成績はずば抜けて良かったものの、国語や英語はギリギリだった記憶が蘇る。

「日常会話程度の英会話」というのも、相手が自分に合わせてくれていたから可能だったのだと今なら思えた。

何とか係員の身振り手振りでパスポートを求められていると理解した幸田は、慌ててそれを差し出しスタンプを押してもらうと急いで三城の元に向かった。

残念ながら、パスポートに初めてのスタンプ―――という感動をじっくりと噛み締められなかった。

「お待たせしました。」

ゲートを出ると、すぐ側に三城の姿を見つけた。

壁に背を預け腕を組んでいる姿が嫌になるほど様になっている。

中でもスラリとした手足は否応にも目を奪われた。

「随分遅かったな。何を言われていたんだ?」

幸田の声に気づき顔を上げた三城は、フワリと笑みを浮かべ壁から背を離した。

三城の顔を見たとたん、無意識に張り巡らされていたらしい緊張が解れるのが自分自身でもよくわかる。

安堵と、そして不安が一度に押し寄せたような不思議な感覚に襲われた。

言いたい事があるはずなのに、喉まで出かかった言葉が上手く発せられない。

「それが・・・」

実は英語が出来そうにないとは、「英会話なんて出来て当然」、というスタンスの三城になかなか言えるものではない。

今更、ニューヨークに到着してからそんな事を言えば怒られるか呆れられるか。

失望されるかも、と思えば眉ばかりが下がるのだ。

口ごもる幸田に三城は怪訝な表情を浮かべた。

「俺に言えないような事をされたのか?」

「いえ・・そうじゃなくて・・」

グズグズと言い渋っていた幸田だったが、そうとし続けられる訳も無く、意を決すると背伸びをして三城の耳元に唇を寄せた。

「やっぱり・・・出来ません。」

「・・・何がだ?」

「英語が、その・・・解らない・・・です。どうしましょう・・・?」

「そんな事か。」

三城はククッと喉で笑うと、顔が見える距離まで身体を離した。

幸田の肩をポンと叩き、「大丈夫だ」と頷いてみせる。

「恭一があまりに深刻な顔をしているから、もっと重大な何かがあったのかと思ったじゃないか。」

「深刻です!・・・僕にしたら、ですけど。」

「心配するな、俺から離れなければ問題ないだろ?」

「そうですけど・・・」

「なんだ?まだ何かあるのか?」

「それって、春海さんに、迷惑かけるなぁ、って。」

「それはまた。」

三城は何故だか可笑しそうに声を上げて笑った。

バカにされている、という訳ではないだろうが意味もわからない。

一頻り[ひとしきり]笑った三城は、ブスッと唇を尖らす幸田に首を振って見せた。

「すまない。いや、今更だな、と思ってな。」

「今更?」

それではまるで普段から自分が三城に迷惑をかけているみたいじゃないか。

ますます顔をしかめる幸田の内心を察したのか、三城は幸田の肩を宥めるように数度叩いた。

「悪い意味じゃない。ただ、お前が俺に遠慮をする理由なんてない、という事だ。」

「え?」

「俺に迷惑をかけるなんて思うな。さぁ、もういいだろう。ホテルに向かうぞ。」

促すように幸田の背中を叩いた三城は、釈然としないままの幸田を余所に、さっさと先に立ち歩いていったのだった。



 
*目次*