新婚旅行リベンジ・編・11

*注意*『』内のセリフは英語です。

今は澄ました顔をしている三城も、初めて海外に訪れた時はこんなにも心躍ったのだろうか。

空港のロビーを少し見渡しただけでも、どこがどうとは上手くいえないが、色彩や物の形が日本とは違っている。

子供のように興奮と感動を覚えた幸田だったが、周囲の物珍しさに気を取られてばかりもいられない。

慣れた足取りで歩いて行く三城の後ろを、スーツケースに足を取られながら必死に追っていた。

まるで手ぶらと同じ歩調でスイスイと進む三城に比べ、同じスーツケースを押しているというのにやはり幸田は真っ直ぐに進めない。

そのうえ、目的地は頭に入っているらしい三城は一々立ち止まり方向を確認したりなどしない為、歩く速度が早かった。

気を抜けば逸れてしまいそうなのは成田と同じではあったが、実際にそうなった時の再会の困難さは格段に違う。

なぜなら幸田は周囲に溢れる英語表記の半分も読めなかったし、誰かに何かを尋ねる会話をする自信ももちろんない。

そしてなにより、幸田の携帯電話はグローバルに対応していなかった。

つまりそれは、ここニューヨークで通信機器としての機能を果たせないという事だ。

絶対に逸れてはいけないと気持ちは焦るのに、三城は一人どんどん先へと進む。

幸田を待ってくれない、というよりも携帯でどこかに電話をかけながら歩いている為、後ろで必死になっている事に気がついてもいないのかもしれない。

通話の邪魔をしてはならないと口をつぐんでいると、幸田は数度目スーツケースに躓いた。

『はい、三城です。今到着したところで──、いえ今日はそのままホテルに向かう予定です。えぇそれは──』

雑踏の中でも三城の声はしっかりと聞こえたが、何を言っているのかは殆ど解らない。

時折知っている単語が零れて来るだけで、文章としての理解には程遠かった。

(英会話が出来る、とか言った自分が恥ずかしい。)

成田でのやりとりを思い出し、幸田は三城に気づかれないようにため息を吐いた。

三城に流されつい口を吐いてしまった言葉だ。

今回の旅行を思うと、自分の語学力が不安でたまらない。

三城は大丈夫だと言ったが、本当に大丈夫なのだろうか。

英語が出来なくても海外旅行に行く人は大勢いるが、それは日本語が通じるような場所に行くからだ。

だが今から幸田達が向かうニューヨークは日本人向け観光地ではなく、都会の大都市でしかない。

どこかしこに日本語の看板が立っているはずなどなかった。

(それに、春海さんとずっと一緒に居れる訳でもないし。)

新婚旅行だと言い張ったところで、実際のところ三城は出張中の身だ。

詳しい日程を聞かされてはいなかったが、三城が仕事の間は必然的に一人になるのだろう。

その時間自分はどうすれば良いのか、ホテルに篭るしかないのはもったいないが出かけてよいものかと悩む。

折り重なる不安を、けれど目の前を歩く有能すぎる男に言う事は出来なかった。

(言ったところで、解ってもらえなそう・・・)

幸田が何を不安に思い悩んでいるのか、三城に理解してもらえない事が時折ある。

人並みに悩み紆余曲折を経て生きてきたと思っている幸田に比べ、三城はあまりに何でも出来てしまい挫折を知らないのだろう。

努力しても報われない人もあるのだと、どうしても伝わらない。

幸田自身についてはとても深く考えてくれる三城も、単に「出来ない人間」の気持ちは解らないようだ。

語学力に自信がないなど、彼にとっては「どうにでもなる」問題でも幸田にはそうとは思えなかった。

『──ではまた明日。失礼します。』

通話を終えた三城は携帯をポケットに仕舞い、歩きながら僅かに幸田を振り返った。

視線が合うと三城はフッと柔らかい笑みを浮かべてみせ、歩く速度が心持ちゆっくりになった気がする。

「・・・」

やはり三城は。

不意に優しいなどと感じてしまうから、悶々と考える事があったとしても三城が好きでたまらないのだ。

胸に痞えていた想いなど一瞬で消えてしまった幸田は目を細め微笑み返した。

「一人にして悪かったな。本社に連絡を入れていたんだ。」

「いえ、お仕事は優先ですから。」

「仕事・・・か。一応出張という名目だからな。どうせならバカンスで来たかったよ。」

大仰にため息を吐いて見せた三城は眉間に皺を寄せる。

何か思案をしているようにも見えたが、あえて何かは聞かなかった。

彼が無茶なプランを立てているのではないかと、聞くのが怖かったとも言える。

「そういえば、今から何処に向かうんですか?」

「ホテルだ。恭一も疲れているだろうし、今夜は何もせず休もう。」

「そうですね。」

時差ボケというやつで今が夜の9時とは到底思えなかったが、初めての長時間のフライトで身体はずっしりと重い。

ファーストクラスでこれなのだから、エコノミーはもっと疲れるのだろうと海外旅行初経験の幸田は眉を潜める。

他愛も無い話しをしている間に二人はロータリーへ着いた。

タクシー乗り場に向かうと、三城は運転手に一言二言伝えトランクにスーツケースを乗せる。

その手にチップのようなものを渡しているのが見え、お国柄を感じた。

「乗れ。」

先に後部座席へ乗り込んだ三城は、シートをポンポンと叩き幸田を促した。

それに従い幸田は三城の隣に座る。

いよいよだいよいよだ、と鼓動が早まっていった。

『ジュメイラ エセックス ハウス オン セントラル パーク に行ってくれ。』

『はい。』

三城の言葉に運転手が返事をし、タクシーは動き出した。

多分目的地かホテルの名前を言っていたのだろうが、滑舌の良すぎる三城の英語を聞き取る事は出来ない。

加えて、例え聞こえていたとしてもニューヨークの知識がさほど無い為それが何なのか解らなかっただろう。

だがそんな事はむしろ関係がない。

隣には有能すぎるほどに出来た男が居る、三城が一緒であるならばそこには問題はないのだと心から思えた。

(一緒だったら、だけど)

一人になった時を思うと不安は残るが、それでも今ならなんとかなるのだろうとポジティブに考えられる。

「凄く、ドキドキしています。」

「良い思い出を作らせてやる。」

チラリと幸田を見やった三城は、自信に満ちた顔でニヤリと頬を上げた。

この顔が好きだ。

思わず触れてしまいたくて、差し出しそうになった手を幸田はもう片方の手で押さえて自制した。

突然頬に指を伸ばしたなら、三城は驚くだろうか。

幸田達を乗せたタクシーは、夜のニューヨークへと走り出したのだった。




 
*目次*