新婚旅行リベンジ・編・15



ぐったりと体力を奪われた朝を迎えるのは毎度の事だ。

一人ベッドの中で目覚めた幸田は、薄ボンヤリと瞼を開けた。

視線の先に豪奢なカーテンを見ればここが何処であるか考えるまでもなく、腰は妙に重かったものの心だけはとても軽かった。

「んっ・・・・」

全裸のままベッドから降り両腕を上げて伸びをすると、硬くなった筋肉が解れだるさも忘れてしまう。

それほどまでに気分が良かった。

なにせ旅行一日目。

その上、それが見知らぬ海外の地と来ればウキウキと心が弾んでしまっても仕方が無いだろう。

広い寝室には三城の姿は見受けられず、幸田は彼が用意してくれていたのだろう、コーヒーテーブルの椅子にかけられていたガウンを纏うと応接室へ足を向けた。

ふと視界に映った先ほどまで幸田が眠っていたベッドは、睡眠を取っただけではありえない程散々にシーツが乱れている。

それは昨夜の事情の後を色濃く伝え、思わず赤面をしてしまった。

「初夜だ」なんだ、と訳の解らない事を言った三城は、長い間身体を離してはくれなかったのだ。

身体は辛くても嫌だとは思えなかった幸田が三城を止めたのは随分と後の事で、今朝の倦怠感の原因の一因は己自身にもあると言える。

幸田が応接室へ繋がる扉のドアノブに手をかけると、そこに力を込めるよりも早く反対側から強く扉を押し開けられてしまった。

「わっ」

不意の事に後ろへとバランスを崩しそうになる幸田の肩を、扉の正面に立っていた三城が咄嗟に掴む。

どうやら幸田がドアノブを持ったと同時に三城が押し開けたらしく、あまりのタイミングの良さに思わず笑みが零れてしまった。

「恭一?・・・あぁ。」

三城も同じ事を考えたのかクスクスと互いに笑いあった後、彼が先に口を開いた。

「おはよう。今起そうと思っていたんだ。」

幸田から手を離した三城は元居た部屋へと踵を返した。

既に身なりを整え今日も今日とてスーツをビシッと着用している三城は、目覚めたばかりの幸田には眩しいほどだった。

ジャケットは着ていないが、薄いブルーのシャツに合わせたネクタイが「出来る男」をこれでもかと主張している。

「おはようございます。春海さん。」

「朝食が来ている。食べるか?」

「はい。」

三城の後に続き応接室へと抜けると、大きな花瓶が飾られそれ自体も存在感溢れる4人掛けテーブルがあり、その上に所狭しとブレックファーストが並べられていた。

これが二人用かと驚くほど量が多く、パンから卵からフルーツ・飲み物に至るまで、ありとあらゆるモノが数種類づつ用意されている。

目にも鮮やかな色彩のそれらは、見ているだけで食欲がそそられた。

「わぁ、美味しそうですね。」

向かい合うように席に付いたが、広いテーブル故に互いの距離が遠く、どこか少し物足りない気分になってしまう。

幸田は並べられているカトラリーの中からフォークを選び、手近にある卵料理から突きはじめた。

「春海さん、今日はお仕事ですよね?」

「あぁ。と、言っても昼は本社で簡単な引継ぎをするだけで、メインは夜からだ。」

「夜から?」

「社長の誕生パーティーだか何だかが催されるらしくてな。それに出席する。」

「はぁ・・・誕生パーティー、ですか。」

極庶民の日本人である幸田には「パーティー」なるものには縁が無い。

誕生パーティーと言われて一番に思いつくのは、子供が自宅に友達を招いて行うチープで可愛らしい催しものだが、三城の会社───C&Gの社長の誕生パーティーがそんなものであるはずも無い。

きっとドラマや映画に出てくるような、華々しくも豪華なものなのだろう。

想像するしかないが、そんな中へ行ったとしても、目の前でコーヒーを口にしている男はすんなりとその光景に溶け込んでしまうのだろう。

「わかりました。夜からのパーティーって事は、夕食は向こうで食べられるんですか?じゃぁ僕はどうしよう。ルームサービスでも・・・」

このホテルのルームサービスなんてとんでもない価格がしそうで気が引けるが、一人で外食が出来るとも思えない。

どうしたものか、と悩む幸田をチラリと見た三城は、なんでもない口調でさらりと言ってのけた。

「いや、お前も出席するのだからその必要はない。」

「え?」

幸田は思わず口に運びかけていたフォークを落しそうになってしまった。

三城は何を言ったのだろう。

何事かと三城を見つめても、彼は平然と食事を進めるばかりだ。

「どういう事ですか?」

「以前社長がお前に会いたいと言っていたのを覚えているか?先月来日した際は生憎時間が取れなかったらしい。それで安心をしていれば、ここまで呼び出されるとは・・・」

三城は仕方が無いとばかりに深いため息を吐いた。

「覚えていますが・・・呼び出し、ですか?」

呼び出されたのか。

自分もコミで、飛行機で10数時間もかかる距離を。

そんな状況を嫌だと思う前に、これを当たり前のように語る三城やその社長の感覚に驚いてしまった。

もしも幸田が他者を呼び出す立場なら、車で2時間の距離でも恐縮してしまうだろう。

「あぁ。だから俺の出張にお前を連れて来る事に何の問題もなかったんだ。経費も使えるしな。」

「はぁ・・・そうなんですか。」

やはり世界が違うというか、スケールが違う話しにどこか付いていけない。

ここまで何事も世界規模なのだから、「ちょっとそこまで」が銀座でも頷けるというものだ。

「新婚旅行がこんな理由で怒ったか?」

「へ?いえ、それは全然。」

むしろそんな事は言われるまで思いつきもしなかった。

理由はどうあれ、三城と旅行が出来るならばそれが感情の最優先にあるからだろう。

「いえ、そうじゃなくて。色々、実感がわかないというかなんというか。」

「そうか。大丈夫だ。それほどかしこまった会じゃない筈だ。親しい関係者だけを呼んだ、ホテルで会場を借りた立食パーティーだと聞いているからマナーも最低限でいいだろう。」

「そんなものですか。」

「それに、日本人はウケが良いし、お前なら立っているだけで様になるだろう。」

それは三城の方ではないのかと、思ったがあえて口にはしなかった。

「それより、今日は何処へ行きたい?」

「今日、ですか?」

「あぁ。午前中に本社へ顔を出して少々要件を済ませるが、1時間も掛からずに終わるだろう。それから夕方までは自由だ。」

何でも言え、と三城はフワリと笑って見せた。

きっとどんな我が侭でも叶えてくれそうな、そんな強くて優しい笑みだった。

何をしよう、何と言おう。

楽しい悩みにドキドキと胸が高鳴る。

ニューヨークで直ぐに思いつくのは自由の女神にブロードウェイくらいだが、口をついて出たのはそのどちらでもなかった。

「えっと、あ、そうだ。春海さんのお勧めのカフェかレストランでランチがしたいです。それから、春海さんがよく行くお店にも行ってみたいです。」

「そんなモノでいいのか?わかった。コーヒーとホットサンドが旨い店があるんだ。」

三城がそうと言うなら、その店は確実に旨いのだろう。

そこに行こうな、と言いながら、まだ始まったばかりの朝食を食べ進めたのだった。




  
*目次*