新婚旅行リベンジ・編・17



広い客室に一人取り残された幸田は暫くぼんやりと三城が出て行った扉を見ていたが、小さく息を吐きメインルームへ踵を返した。

先ほどまで二人で座っていたテーブルの前を素通りしバスルームへと向かう。

昨晩の性交で汚れた身体は簡単にしか清めておらず、このまま洋服を着る訳にはいかない。

ガウンを脱ぎ捨てると、もう何と表してよいのかすら思いつかないバスルームへ入って行った。

大理石が引き詰められたそこは見るからに高級そうで、豪奢だ煌びやかだと同じ様な言葉を並び立てるしかない自分のボキャブラリーの少なさを恨みつつ、幸田は金色に輝くコックを捻る。

直ぐに出た程好い温度のお湯がじっとりと重たかった全身を包み、安堵感で満たしていく。

顔にお湯を受ければ、スッと頭が冴えるような気さえした。

「・・・・・」

自宅を出て一体どれ程の時間が経っているのだろうか。

腕時計は日本時間に設定されているものの、アナログのそれは時針が何周回ったのかを教えてはくれない。

疲れたという体感的なものも有りはしたが、それよりも精神的な困憊の方が大きい気がする。

思えば驚くような事ばかりが続いていて、一つ一つの物事に実感を覚える気持ちが追いついていないのだろう。

「ホテルのパーティーに・・・それに」

喋り方を変えろ、など三城のいつもの一方的な提案の中でも一際横暴に感じた。

とはいえ、幸田自身「そうかもしれない」と思う所があったので大人しく頷いたとも言える。

(『春海さんおかえりー。ご飯食べる?』・・・とか言うのかな。言わなきゃダメなんだろうな。)

馴れないだけに凄く照れるのだ。

うっかり今まで通り喋ってしまいそうだとは考えるまでもなく、だがそうすれば「外でもどこでもキス」と釘を刺されている為気を引き締めるしかない。

フローラルな香りのソープでさっと全身を洗い流がし、こざっぱりとした所でバスルームから出る。

先ほどまで着ていたガウンを再び纏い隣接するパウダールームを後にしたが、ある事に思い当たりハッとすると立ち尽くしてしまった。

「・・・着る物あるよな?」

幸田は咄嗟に寝室へと向かうと、目当ての物───空港から必死に押してきてスーツケースへと駆け寄った。

三城のダークシルバーのそれは開けられた形跡があるが、幸田が渡されたブラックの方は「ここに置きました」といった雰囲気だ。

結局この中身が何なのか、本当に幸田の衣類が入っているのかも未確認だったのだが風呂上りの格好のままで彼の帰りを待つのもどうかと思い、幸田はブラックのスーツケースの前に屈むとそれを横たえ広げた。

「・・・・・」

中身を見た幸田は、我目を疑ったかのように呆然と動く事が出来なくなってしまった。

これは本当に自分の物なのだろうか。

確かに衣類は入っていたし、それは見覚えがまるで無いものの三城が幸田にとよく買ってくるブランドだったので自分の物だと考えて妥当だとは思う。

だが、その中身があまりにガラガラなのだ。

大きなスーツケースなのだから当然のように中身もぎっしり詰っていると思っていたのに、実際のそこは袋に入ったままの新品の下着類数枚づつと、同じく新品と思われるシャツ類とパンツ類が2〜3枚づつ、それだけだった。

国内旅行に出かけるにしてももう少し細々とした物を持って行くだろうし、なによりこのスーツケースでは大仰過ぎる。

三城のスーツケースの中も感じなのだろうかとチラリと見やったが、彼が今朝着ていたスーツも着て来た物と違う事を思えばそうではないのだろう。

まさか空港で取り間違えたなんて事はないだろうか、と考えが過ぎりもしたが、遡って考えるととても現実的だとは言えない。

これが幸田の物だと間違いがないとして、用意をした三城に中身云々の文句を言う筋合いも無いのだろう。

だが。

幸田の唇から浅いため息が漏れた。

「・・・入ってない。」

スーツの一着くらい入っていて然るべきだと思っていたのだ。

だが空白の目立つスーツケースの中はどんなによく見ても隠れて入っている隙など有りはせず、幸田は呆然とそこを見つめ続けた。

今夜はパーティーだと、それが目的でニューヨークまでやって来たと言っていたじゃないか。

だから当然、そこへ参列するに相応しい正装が入っていると───、漠然とだが考えていた。

具体的に思いついたのは今で、パーティーの話が昇った時に疑問を抱かなかった自分も情けない。

「どうしよう・・・」

どうするも手立ては思いつかず、とにもかくにも三城が帰ってきたらまず相談をするだけだ。

スーツケースの中身にショックを受けたが、とはいえこのままの格好で居る訳にもいかない。

今着る物はあるのだから、と幸田はその中から淡い色合いのカットソーとそれに合うだろうズボンを選び身に付けた。

よくは解らないが、三城に与えられるものの全てがそうであるようにこれもまた上質なのだろう、サイズもピタリと合えば着心地もとても良かった。

一通りの身支度を整えると幸田はメインルームへ戻り、応接セットのソファーへと腰を沈めた。

「・・・」

言葉も通じぬ見知らぬ地の、身に余る程豪華な部屋で一人きり。

その上大きな問題を抱えてしまったとなれば気分も落ち込む。

パーティーは今夜。

せっかくニューヨークまで社長に呼んでもらったというのに、「行けません」では申し訳が立たないと思うものの、だからといってこんなラフな格好で行ける訳もない。

まさかサイズも合わない三城のモノを借りる訳にもいかないだろうし、解決策など思いつきもしなかった。

何故三城は用意をしてくれなかったのだろうか。

彼は元々このパーティーの存在を知っていたし、荷物を用意したのも彼なのだからスーツの一着くらい入れてくれても良かったと思うのだ。

三城がここを出て1時間を過ぎようとしている。

幸田は立ったり座ったりと落ち着きの無い様子を見せながら、時計の針だけがカチカチと時間の経過を知らせたのだった。




 
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