新婚旅行リベンジ・編・18



現代社会に生きる者として、携帯電話───直接的な連絡手段が無いというのはなんとも心許無いものだ。

幸田の携帯は昨日着ていた衣類と共に行方不明だったが、通信機器としての機能を果たさないそれがなくても何とも思わなかった。

身分証などが入った財布も同じく無くなってはいたが、それも不安に思わないのは三城が全ての行く先を知っていると確信しているからだ。

物が無い事は一向に構わないのだが、三城と連絡を取る手段が無いという事実はとてつもない不安にかられる。

彼を信じていない訳ではないが、いつでも連絡を取れるという状態が当たり前になり過ぎているのだろう。

約束の1時間を僅かに過ぎただけで何事か有ったのではないかと考えてしまう。

1時間で戻ると言っていてもビジネスなのだから前後はすると頭では理解してもどうにも落ち着かない。

まだかまだか、と出入り口扉をチラチラ見ていると、程なくしてオートロックが解除されるガチャリという音が聞こえた。

愛犬が主人の帰りを待ちわびていた、という例えがピタリと当てはまるかのように、幸田は立ったり座ったりを繰り返していたソファーから立ち上がるとそこへ小走りに駆け寄った。

「春海さん、お帰りなさい。」

出迎えた幸田に微笑を送りながら、三城は手にしていたアタッシュケースと行きには無かったはずの小ぶりの紙袋を乱雑な仕草で近くにあったテーブルに置き、幸田の腰を抱き寄せた。

「遅くなって悪かったな。手続きに時間がかかってしまった。」

「手続き、ですか?」

「無いと不便だと思って・・・おい。そんな事より、言葉遣いを改めろと言わなかったか?」

「あ・・・」

つい他の事に気がいってしまいすっかりと忘れてしまっていた。

だが、言葉遣いなんて簡単に直るものではないだろう。

フレンドリーな口調から敬語に直すならいざ知らず、その逆ともなれば尚更だ。

不機嫌そうに眉を寄せる三城に、せめてもの反抗心から小さく唇を尖らせてみると、それは彼の唇に啄ばまれ奪われてしまった。

「んっ・・・」

甘く食むような愛撫はじゃれあう程度で、チュッチュッと赤面してしまいそうな音を立て直ぐに終わった。

「間違えたらキスをすると言っただろ?」

顔を離した三城は、鼻と鼻が付きそうな距離でニヤリと口角を上げた。

狡猾にも思えるそんな表情をされればグッと胸を掴まれたようで、動けなくなってしまう。

「それともして欲しかったのか?」

幸田の背中に腕を回しながら、からかうように三城は耳元を掠めていった。

「違います・・・じゃなくて、違う!・・って訳でもないけど。」

なんて事の無いセリフだというのに、あまりに三城が甘い声を出すから、慌てて否定すると可笑しな事まで言ってしまう。

赤面を浮かべる幸田に、三城はクスクスと笑いながら目元へキスを落とした。

「何が言いたいんだ、お前は。」

キスをして欲しくて間違えた訳ではないけれど、キスをされたくなかった訳ではない、なんて馬鹿げた事を言える訳も無い。

もっとして欲しいと思っているなんてそれ以上に言えないし、赤面した顔を反らせるとますます三城はおかしそうにする。

だが、目を反らせた先に三城の胸元で光る社章が象られたバッジを目にすればハッとし三城を見上げた。

「春海さん、大変。」

「何か問題でもあったか?」

あまりに急激な幸田の様子に驚いたのか三城は一瞬目を見張ったが、向かい合った形で抱き合ったまま密着を解こうとはしなかった。

「今日着ていく服が無い!」

「今日着ていく服?それでいいんじゃないのか?良く似合っている。」

カットソーの裾から手を入れ幸田の素肌を弄りながら、三城は不思議そうな表情を浮かべた。

確かめはしなかったがやはりこれは自分の物だったのだ、という安堵感と、話が食い違っている事に対する焦りが生じ、三城の手を制止する余裕は無い。

幸田は夜のパーティーの話をしているが、「これで」という三城もそうだとは思い難かった。

違うとかぶりを振ると、幸田は三城の胸に手を付き僅かに身体を反らせた。

「デートじゃなくてパーティーに。さすがにコレじゃぁ・・・」

「あぁ、もちろんだ。心配するな問題は無い。今から出かけて俺たちが戻る頃には到着している筈だ。」

「へ?」

到着、という事は今は此処に無いという事で、レンタルをしているか別便で発送しているかだろうか。

どちらにしてもきちんと準備がされていると知り心底安心をした。

安心感から表情を緩めると、三城に片手で腰を抱かれながらソファーへ誘導され腰を降ろした。

「来ていく服が無いなど、俺がそんなミスをすると思ったのか?」

「それは・・・そうだけど・・」

確かにおかしいな、とは何度も思ったが、けれど事実スーツケースの中に無ければ不安になってしまうものだろう。

三城ならばなんとかしてくれると思い切らなかったのは、甘えているだけではダメだと考えたからだ。

結果的に何も出来なかったが、何もかも三城に頼っている現状では彼の負担になるのではないかと思ったのだが、そんな幸田の小さな葛藤など三城の言葉で消え去ってしまった。

「パーティーに着ていくものについては事前にオーダーをしてあるからサイズ的にも問題はないだろう。」

「は?オーダー、ですか?」

「お前、フォーマルは持っていなかっただろ。一着ぐらい有った方が良いと思って、以前採寸した店で頼んでおいたんだ。安心しろ日本でも着易いようにスーツタイプにしておいた。」

「そうなんですか・・・ありがとうございます。また作ってもらってしまって。」

サラリと言ってのける三城に、幸田は呆然としながら頭を下げた。

またオーダーかと、どうにも感覚がおかしくなってしまう。

与えられる事に慣れすぎてしまいそうで恐ろしくなりながらも、そうとされて三城に甘えるなという方が無理だと先の悩みを消し去った。

幸田とて三城に甘やかされるのが嫌な訳ではない。

むしろむず痒く申し訳なくて仕方が無いだけなのだ。

嬉しいような困ったような感情で、幸田はヘラリと笑って見せたが三城は変って不機嫌そうに目を眇めた。

「お前も解らないやつだな。」

「へ?あ・・・」

ついつい話しに夢中になってしまい、言いつけを忘れてしまっていた為、三城の不機嫌さの理由は一つしかないだろう。

咄嗟に謝罪の言葉を口にしようとした幸田だったが、唇を塞がれながら強引に押し倒され叶わなかった。

「ぇ?春海さん?何っ・・・」

「ランチにはまだ早いだろ?」

覆いかぶさってきた三城は罰のキスよりももっと濃厚な愛撫を幸田の全身に与えたのだった。




  
*目次*