新婚旅行リベンジ・編・2



「起立、礼──、今日は此処まで。」

本日最後の授業のチャイムが鳴り、嬉々として帰り支度をする生徒に微笑を送りながら幸田は教室を後にした。

新学期が始まり暫くが経つと、憧れの教壇に立てたと浮き足立ってばかりもいられない。

受け持ちの学年は以前と同じ1年ではあったが、複数のクラスを同じ速度で授業を進めなくてはならないというのは想像以上に大変だった。

授業内容の調整に気を使い、どのクラスがどこまでやったかを明白に覚えておかないといけないし、教え方も以前と全く同じというわけにはいかず四苦八苦している。

ワタワタと一人唸る幸田を見かねたのか、同僚──と言ってもベテランの先輩教師達が様々なコツを教えてくれ、その心遣いは技術的にも精神的にもとても嬉しかった。

すれ違う生徒と挨拶を交わしながら幸田が職員室に帰ると、年配の男性教師が「どっこいしょ」と席から立ち上がった。

「おっ幸田先生が帰って来た。じゃぁHR行くかな。」

今しがたまで幸田が授業をしていたクラスの担任で、彼のワークデスクの上に広げられている物をから察するに先ほどの時間は受け持ちが無かったのだろう。

「交代だ」とばかりに片手をあげ、言葉通りHRを行う為か入れ違いに職員室を出て行った。

新米のそれも予備校教師出身の幸田を同僚の先生方が暖かく迎え入れてくれた事はとてもありがたく、随分と過ごしやすい環境だ。

そうと言うのも事前に大石が良いように言い触れ回ってくれていた効果もあるようで、過度な期待をされていやしないかと内心ドキドキもしている。

(先輩、僕を過大評価している所あるからな・・・)

とはいえ今の所は特別弊害もなく、出来るだけ早く本当の自分を知ってもらう為皆と仲良くなろうと頑張っていた。

「あれ?幸田先生もうお帰りですか?」

「はい。ちょっと大事な用が。」

「へ〜大事な用、ね。もしかして指輪の彼女とデートとかじゃないんですか?羨ましいなぁ、彼女が。」

「何言っているんですか。」

教材や資料をバックへ詰める幸田へニタニタと、けれど好意的な笑みを向けるのは現代社会の男性教師・上田【うえだ】で、職員室のムードメーカーである彼との会話は気軽で楽しかった。

バタバタと慌しく教師らが入れ替わり立ち代り職員室を出入りする中、担任クラスを持たない二人は気楽なものだ。

「上田先生は今日も部活ですか?」

「えぇ。と、言ってもクラブ勧誘会までは基礎体力作りがメインですけどね。」

「へー。やっぱり運動系の部活は大変そうですね。」

「そういう幸田先生は・・・放送部でしたっけ?」

「はい。うちもクラブ勧誘会まではお昼の放送だけみたいですし。それに僕はんて顧問と言ってもお飾りというか。」

乾いた笑い声を上げながら立ち上がり、肩を竦めてみせた。

幸田の前任の数学教師が退職した事で、その人が受け持っていた放送部の顧問の役割も空席になってしまったのだが、他になり手も無くスライド式に幸田がそこに指名されたのだ。

断る事も出来たが活動内容や幸田の役割を聞いていると簡単そうで、そのうえなんだか楽しそうにも思えたので二つ返事で快く了承をしたのだが、実際はやってみると想像以上に「お飾り」もしくは「名前だけ」という感が否めない。

「じゃぁ、僕はこれで。お先失礼します。」

「さよなら〜。また週明けに。」

ヒラヒラと手を振る上田に見送られ、幸田はすっかり人気の無くなった廊下を早足で急ぐ。

エレベーターを横目に階段を駆け下りると、小走りに校門を潜り抜けた。

三城からのプロポーズ、そして三城の両親との会食の次ぎに待っていたのは、三城の二人の兄・冬樹【ふゆき】と秋人【あきひと】への報告会だ。

彼らは事前に沙耶子からこの縁組の詳細を知らされている(という事は説得済みという訳だ)のだと聞いてはいたが、正月に一度だけ会った反応を考えると秋人はともかく長兄・冬樹にすんなりと受け入れられるとは思いがたかった。

だが予想に反し、冬樹は諦めたような笑みを浮かべて「おめでとう」と幸田に片手を差し出したので、これには幸田はもちろん三城も驚きに目を見張ってしまった。

彼になんの変化があったのか、チラリと視界の端に映った秋人が物知り顔でシタリと笑ったような気がする。

それももう一週間近くも前の事。

「一回家に帰って・・・・間に合う、よな?」

駅へ向かう途中袖を捲り三城から贈られた時計を覗くと、少し迷った末大通りへと進路を変える。

片手を挙げタクシーを止めると自宅の住所を告げた。

秋人の経営する飲食店の中でも最高級のレストランで、今夜も三城家全員が集まる会食が開かれる。

三城の29歳の誕生日、そして───二人の入籍祝いの為に。




 
*目次*