新婚旅行リベンジ・編・20



三城はどこまで金をかければ気がすむのか。

送迎のリムジンは二人しか乗らないというのに、車内は不必要に広かった。

あまりに広いので不自然にならないように三城と離れて座らなければならず、乗り心地は良かったがこの空間に疑問を覚えてしまう。

幸か不幸か、出発して僅か数分で目的地であるホテルへと到着してしまったので無駄な不安感を煽られずに済んだものの、正直タクシーで良かったのではないかと感じた。

メインゲート前のロータリーにリムジンは停車し、運転手にドアを開けてもらうと幸田は降り際に思わず会釈を返してしまった。

悲しい庶民の性だ。

続いて降りた三城はもちろんそんな行動に出る訳も無く、むしろやけに尊大態度で運転手に何かを言うと二コリともせずにホテルの中へ入っていく。

幸田も小走りに慌ててホテルに入ると三城に並ぶように歩いた。

せっかく上等な装いをしているのだからそれに見合った行動を、と思いはするのだがなかなか三城のようにスマートにいかない。

せめて愚行にはならないように心の中で決意をしていると、迷うことの無い足取りでエレベーターに乗り込んだ三城が中層階のボタンを押した。

尋ねた訳ではないが、彼はこのホテルに訪れたのは初めてではないのだろう。

どこに行っても馴れている、というのも彼のスマートさの要因なのかもしれない。

まるで振動なくエレベーターは階を重ね、階数を表すパネルの数字に合わせるように幸田の鼓動も緊張に高鳴っていく。

このパーティーも三城にとっては仕事なのだ。

それに同席するという事は自分の行動一つで三城の評価を落とすかもしれない、などと考えてしまえば、緊張は恐怖にも変わる。

三城に恥をかかさないように、三城に迷惑をかけないように、と心の中で何度も繰り返した。

幸田の深呼吸をかき消すかのようにエレベーターは目的階に到着をし、扉がスルスルと音も無く開く。

降り立ったそこは白と金を基調としたありふれた高級ホテルの廊下で、それ自体がとても広いが人気はあまり無かった。

代わりに、少し先に開け放たれた大きな観音開きの扉が見え、近づくとそこからゆったりと品の良いBGMが聞こえる。

そしてその扉の向かいには白い布がかけられた長細いテーブルと、髪を綺麗に結い上げたスーツ姿の女性が立っていた。

ホテルスタッフなのかC&Gの関係者なのか、キャリアウーマンだと強調するオーラを放つ女性は、二人に向かい社交的な笑みを向けて何かを言いながらペンを差し出した。

ここでも当然なのだが、悲しい事にその言葉が幸田に理解が出来るはずもない。

オロオロとしかける肩を三城はポンと一つ叩き、女性の立つテーブルへと向かった。

「あぁ、待っていろ」

三城は彼女からペンを受け取り、幸田を振り返りつつ何かを伝えるとテーブルに置かれた紙面にサインをしペンを置いた。

受付だったのだろう、それを終えると開け放たれた扉から会場へと足を踏み入れた。

その途端、幸田は思わず立ち尽くしてしまいそうになり、そうとしてしまわないよう懸命に三城の後に続いた。

何もかもが想像以上で、絢爛としか表しようのないそこに圧倒させられてしまう。

白乳色の壁紙には銀の地模様が入っており、臙脂の絨毯はとても柔らかい。

高い天井からは大きなシャンデリアが吊るされキラキラと光を反射させているし、壁際にいくつも置かれた大きな花瓶には華美な花々。

フロアの正面にはステージセットがあり、その両脇には子供の身長ほどありそうなアレンジフラワーが飾られている。

中央に置かれた長く大きなテーブルには豪勢な料理がこれでもかと並べられていた。

だがそれ以上に幸田の目を奪ったのは、この会場の広さと人数の多さだ。

(身内だけじゃなかったのか・・・・)

「身内」とは如何程の関係者が訪れるのかとはっきりと理解していた訳ではないが、まさかこんなにも沢山の人が集まるとは思わなかった。

ぱっと見ただけで100人、いや200人は出席者が居るかもしれない。

その上、黒服のボーイが銀の盆を片手にフロアを回っている。

「・・・・・」

「どうした?そんな怖い顔をして」

「怖い・・・そんなつもりはないけど。」

「気を抜いていろ。普段通り」

簡単に言ってくれる。

だが、はいそうですか、と出来るならば初めから緊張などしない。

そのうえ(当然と言えばこれほど当然な事もないのだが)周囲は幸田にとっての外国人ばかりで、それだけで身体は強張るというものだ。

三城と離れる訳にはいかない。

限られた室内だというのに、空港以上に強くそう感じてしまった。

「社長の登場はまだみたいだな。だがもうすぐだろう。」

幸田の心情など知りもしないだろう三城は、通りかかったボーイから細長いグラスを二つ受け取ると一つを幸田へ渡した。

琥珀色の液体が気泡を立てており、とても綺麗だ。

「ありがと・・・」

底から上へと上り水面でプツリと弾ける様をじっと見ていると、不思議と気持ちが落ち着き、グッとそれ一口飲むと小さくため息を吐いた。

過度な緊張は何より失敗を招くのだと、人前に立ち講義を行う職業的な経験から何度と無く学んでいる。

落ち着くが吉という事だ。

もう一口、とグラスのシャンパンを煽るとすかさず三城の声が飛ぶ。

「あまり飲みすぎるなよ」

三城は幸田が酔う事を心配している素振りを隠しもしないが、その度にそんなにも酒癖が悪いと思われているのかと少しだけ落ち込んでしまう。

「大丈夫、そんなに飲まないよ」

ぎこちない笑みを三城に向けると、彼は幸田の肩をポンと叩いた。

眉を寄せ笑みを浮かべて見せた三城は口を開きかけたが、それよりも早くスピーカーから司会者らしき男性の声が響いたので、彼の言葉が発せられる事は無かった。

幸田には聞き取る事等出来るはずもない流暢な英語が聞こえてきたかと思うと続いて辺りから拍手が鳴り、そしてピタリと静まる。

「始まるようだ」

幸田に教えるように、三城は司会者の居るステージを見つめながら小さく呟いた。

辺りを見渡すと、今からそこで何かが行われるのか参加者の殆どの視線がステージへと注がれている。

それに習い幸田もステージに注目したのだが、グラスを握っていない指先が温かい感触に包まれてしまったのだった。




  
*目次*