新婚旅行リベンジ・編・22



思い起こせば、三城はローランと個人的な付き合いがあると言っていた記憶がある。

ローランとの出会いは、三城が学生の頃に遡った。

「大学在籍中、こっちの大学に留学をしていたんだ」

「へぇ・・・初耳です」

「そうだったか?改めて話す事でもないからな」

三城は苦笑とも呆れともつかない口調で零したが、その瞳はどこか懐かしげに細められていた。

彼が大学生の頃と言えば6年から10年も前の事になる。

それは遠い記憶なのかも知れないが、幸田としては是非「改めて」でも聞きたいものだ。

確かに昔話なんてものは、話の流れで話題が上るかTVなどを見ていて「そういえば」とならない限り話すきっかけも無いのだろうけれど。

仕方が無いとはいえもっと知りたいとも単純に感じてしまう。

その上留学先の大学名を聞けば、あまりに一流すぎるそれに幸田はただただ驚愕するしかない。

三城の母校が日本一の都内国立大学である事は周知の事実だが、世界にはもっとレベルの高い学校がいくらでもあり、彼はそこで学ぶべき実力を持っていたという事だ。

「留学は短期でですか?」

「2回生の半ばから4回生の半ばまでの約2年程だな」

つまり大学生活の半分をニューヨークで過ごした事になる。

実力云々は別としても海外留学を果たす大学生は大勢居るが、幸田の出身が国立の教育学部、それも高校数学科とあって海外に留学をした同窓生は少ない。

その為学部内で留学をする人物が出るとなるとすぐに噂が広がったが、そうして聞いた話でも留学期間は数週間や数ヶ月といった短い日数ばかりだ。

2年というのが学生の留学として長いのか短いのかは解らないが、少なくとも今回が海外初体験の幸田にしてみればとても長く感じられる。

「留学が終わり日本に帰る少し前だな。当時、こっちで知り合った友人が起こした会社を手伝っていたんだが、その関係で社長と知り合ったんだ」

まだまだ駆け出しの会社をC&Gが相手にする事自体異例であったのだが、その取引に携わった者が正式な社員でもなければまだ学生の日本人だという。

直接取引きをしていた部署のトップが「コレは面白い」と上層部に報告をした所、ローランの耳にも届いたのだ。

「大学生、それも留学中の身だと聞いてはいたが、告げられた大学名があまりに「一流」と呼ばれ過ぎている所だったのでね。ただの頭でっかちの青二才かと思いきや。まぁ、それもあながち間違ってはいなかったが」

「どういう事ですか?」

「話術が若者らしからぬほどしっかりしていたんだよ。それこそうちの幹部達が引っ張り出されては丸め込まれるほどにね」

一体三城が彼らに何を言ったのかは想像の範囲外だが、きっと今以上に慇懃無礼な振る舞いをしたのだろう。

それを「若輩者が」と切り捨てるのは簡単だが、それ以上に若さ故の狡猾さや貪欲さ、加えて持ち前の度胸や溢れる自信を評価したようだ。

「初めてハルミに会った時の事は忘れないよ。C&G本社の社長室に呼び出したというのにまったく緊張していない。それどころか面倒だとばかりの表情でね」

「・・・面倒って」

あまりの無礼過ぎる振る舞いに話を聞いただけでも冷や汗が出てしまいそうになったが、チラリと見上げた三城は面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。

「別に、緊張をしていなかった訳でも面倒に思っていた訳でもありませんよ」

「だったら何だったんだい?」

「・・・・それは、昔の事過ぎて忘れてしまいましたが」

ポーカーフェイスが非常に上手い三城らしくもない態度でスッと視線を外してみれば、ローランはおかしそうにクスクスと笑った。

「そうだな、昔の話だ。そんな事よりも、私の誘いを即答で断ったハルミの態度に勝る物は無い」

「誘い、ですか?」

「そうなんだ。ハルミときたら、うちへの入社を即決で断ったんだよ」

「えぇ?C&Gさんへの入社を断ったんですか?」

「ハルミに会った瞬間に彼をとても気に入ってね。今すぐにでも入社しないかと持ちかけたんだが、間髪置かずにこれさ」

「私にも人生設計がありますから」

すまし顔の三城は何でもないとばかりに言ってのけ、またもや幸田を呆然とさせた。

一介の大学生が大手企業の社長直々の入社勧誘をそれも即答で断るなど、予備校教師暦の長い幸田には考えもつかない。

一流企業に、いや今のご時世どんな三流企業にでも就職が出来るかわからないのだ。

その為に少しでも良い大学に入り、少しでも就職の確立を上げよう勉学に勤しむ。

だというのに、三城ほどの「とても良い大学」に入学が叶った者は就職にすら強気なのだろうか。

就職戦争負け組みの幸田には、いくら職種が全く違うとはいえ羨ましいの一言だ。

「人生設計、ですか?」

「あぁ。俺は院を出ると決めていたからな。在学中というのはもちろん、大学を卒業して直ぐ、という条件も呑む訳にはいかなかった」

大学院卒業というのは立派過ぎる最終学歴ではあるが、院を出たからと行って大手企業に入社出来る訳でもない。

それならばこんなにも美味しい誘いには是非にでも乗っておくべきだ、と考えるのが一般的な思考だと思うのだが、そうとしない芯の強さ───悪く言えば無謀さもローランの好感を買ったのだろう。

何故なら、ローランはただ勧誘をしただけではなく、日本支社で主任の地位も初めから与えると言ったにも関わらず、三城は即答で首を横に振ったのだ。

「そうされるとどうしてもハルミが欲しくなってね。無理やりに約束をさせたんだよ、大学院卒業まで待つからうちに入社するってね」

悪戯な笑みを浮かべて見せたローランは、芝居がかった仕草で幸田をチラリと見た。

その視線の先には予想通り、理解が追いついていないとばかりの幸田が居るだろう。

口約束ほど曖昧なものはない。

ローランは三城の「Yes」を引き出すと、その場で誓約書を書かせたという。

「それから3年間。ハルミが約束を忘れないようにラブコールを送り続けたのさ」

「ラブコール、ですか・・・」

「妙な言い回しは止めてください。ただ季節の花やら手紙を送って来ただけでしょう。」

それだけでも十分驚くべき事だと思うのだが、実の所それだけではない。

ローランが来日の折、都合が付く限り三城を食事に誘いもしていたのだ。

そこで芽生えた、友情と呼んでよいのかも不明な絆が現在の二人の繋がりである。

C&Gのトップにそこまでさせたて入社を遂げた社員は、後にも先にも三城だけだろう。

約束通り出会いから3年後、三城は大学院卒業と共に鳴り物入りで入社し、ローランの期待以上の成果を次々に上げていったのだ。

「社長のお気に入り」「七光り」などといった嘲りを囁く者が本物の馬鹿だけになるのに時間はかからなかったという。




 
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