新婚旅行リベンジ・編・23



高校に上がる頃から、三城は将来のプランを描き初めていた。

それを「具体的」と呼ぶのか「夢物語」と呼ぶのかは人によって違うだろうが、少なくとも三城にとっては現実的な構想である。

三城の夢、それは世界の金を動かす事だ。

己の言動や行動・判断一つで経済界が仰天してしまうような、そんな力を持ちたい。

そして努力次第でそれを成し遂げられるだけの素質が己にある事も、三城は理解をしていた。

子供の頃から頭は良かったし人付き合いも苦手な方ではなく、加えてビジネスというフィルターがかかれば必ず誰よりも上手く立ち回れるだろう。

大学に上がり次兄・秋人から株を教えてもらうとその才能は直ぐに開花したので、更に将来への自信に繋がった。

その折にC&Gからの誘いがあったのだが、三城としても悪い話でないとは解りきっていた。

大手企業は数有れどC&Gはトップクラスであるし、世界に向けてさまざまな関連会社も存在する。

本来ならば直ぐにでも「Yes」と答えるべきだったのだろうが、そうと出来なかった理由は三城が経済学部在籍の身だからだった。

経済学部という学部は大学院まで出てこそ価値がある、というのが三城の持論である。

ただ大学を出るだけならば、文系は法律学部に勝るものなどありはせず、いくら都内国立大首席卒だと言っても見下されては反論も出来ない。

今後の人生───ビジネスにおいて考えるならば、大学卒業だけで留まるのは避けるべき選択だ。

とはいえローランの勧誘を断ったのは賭けだった。

生意気な青二才の餓鬼など要らないと言われるか、面白いと捉えられるか。

そしてその勝負に三城は見事勝利したのだ。

未来が広く広げた気がしたし、それは決して幻想などではないだろう。

大きな金を動かしたいという夢の為にC&Gという大企業に就職出来た事はもちろんプラスであり、その上三城の希望通り海外営業部に配属をしてもらえたので、地盤が出来れば後は実力だけで何とでもなるものだ。

入社して3年で部のトップまで上り詰めた事に自身としては驚いてはいない。

それだけの努力と実績を残して来たという自負が十分にあるからなのだが、本人が何と言っても三城が社会に出てまだ4年である事に変りはなく、日本ではまだまだ異例の昇進扱いをされても仕方が無いだろう。

社会に出た年数だけで考えれば、二歳年下で4年大卒の幸田と同じなのだ。

そんな事実など三城はもちろん考えるまでもなく解ってはいたが、幸田が気がついたのは何故か最近らしく、その時は僅かに落ち込んでいたようにも見えた。

三城が人一倍の野心を抱えているとローランに伝えたのは出会って間もない頃だったが、これもまた読み通り彼の気に入る所だったようだ。

彼の三城に対する「お気に入り度合い」が増していったのは明らかだった。

ローランの期待やそれの意味する所にも気づいてはいたし、そう思われる事に満足もしていた。

つまるところ、ローランは三城に己の片腕となってもらいたかったのだろう。

彼の、というには不的確かもしれない。

C&Gの中枢に入り経営に携わって欲しい、そして牽いては次期社長であるローランの息子、三城よりも3歳年上の彼を支える事こそが最もな望みだったようだ。

「ハルミが男でもOKだと知っていたら、キョーイチに出会う前に息子の嫁に迎えていたのに」

パーティー会場に流れるBGMをかき消すような大声で、ローランはジョークとばかりにニヤリと笑った。

どう反応を返してよいのか解らなかったのか、幸田は曖昧な笑みを浮かべるばかりだが、三城がそれを面白く思うはずもない。

「私はゲイではありません。恭一以外の男性と、などと考えると一般的な感情と同じく気持ちが悪いだけです」

「ハハッ惚気てくれるじゃないか」

「それに、彼は私などを好きにならないでしょう」

「確かにね。愚息は君よりも、その隣に居た美人の方がお気に召したらしい」

これもジョークなのか事実なのか、口軽く言ってみせるローランの言葉を見極める事は出来なかった。

ただ、彼の息子が今三城達とは入れ違いに来日中で、その「美人」なる部下が接待及び補佐に携わっている事は上司である三城はもちろん知っている。

そこで恋慕を含む「何か」が起こるのか起こらないのかは三城の知る所ではないが、本社へ引き抜かれるのは正直困る。

「部下に追い抜かれるのは気分が悪いかい?」

したり顔でローランは口角を上げた。

「まさか」

部下に昇進を追い越されるのが嫌だとか体裁が悪いだとかというつまらない理由ではなく、ただ優秀な人材を手放したくないだけだ。

部下に追い抜かれていくなど、本社移籍を断った時点でとっくに覚悟は出来ている。

「私が本社に向かえない以上、他の誰が召還されようと何も言えません。それよりも、今まで散々に目をかけて頂いたというのに、ご期待通りの結果を残せず申し訳なく思っております」

三城にしては珍しくも謙虚にすら聞こえる言葉だが、むしろ嫌味だ。

まさか三城が本心より「申し訳なく思っている」はずなどないと、考えるまでもなく解ったのだろう。

生憎三城は、ビジネスにおいて失態をやらかした訳でもないのにそうと感じるほど殊勝な心は持ち合わせていない。

言葉はともかく口調の鋭さに三城の意図する事は伝わったのか、ローランはまたもや愉快そうに声をあげた。

「そう来るかい。確かにね、結果は思わぬ方向へ行ってはしまったが・・・可愛がっていた君が幸福になるのならそれが一番だからね。キョーイチ、君に会えてよかった。短い時間だったが、ハルミの想いを知れた気がするよ」

神妙に言ったローランは片手を幸田へと差し出した。

「・・・春海さんの想い、ですか?」

幸田はおろおろとしつつローランの手を取った。

誰にでも気安く触れるな、と唇から溢れそうになった言葉を三城は懸命に飲み込んだ。

一言注意すれば幸田が理解をするまで話が長くなりそうなのは目に見えている。

「ハルミに愛する人が出来たなんて俄かには信じがたかったんだ。だが間違いはなかったようだね」

「そうですか」

ニッと笑って見せるローランに、幸田は安堵の表情を浮かべていたのでつくづく素直な性格だと関心するが、危なっかしくて仕方が無い。

交友的な笑みを浮かべながら握手を求めているローランは、一筋縄ではいかない狸だ。

幸田などローランにかかれば直ぐに良い道具にされてしまうだろう。

そんな事など知るはずも無い幸田の腰を抱きながら、きつく睨みつける三城にローランは不必要なほど優しげな笑みを称えて見せたのだった。




 
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