新婚旅行リベンジ・編・25

*注意*『』内のセリフは英語です。

やはり英語も解らないというのに一人になるべきではなかったのかもしれない。

幸田は受け取ったグラスを手にしたまま曖昧な笑みを浮かべた。

彼が何を言っているのかは当然のように解らないし、そのうえ本場の英語は早口で単語を拾う事も出来ない。

笑みを浮かべている所をみると好意的なのだろうと受け取るのが精一杯だ。

『億劫なパーティーでしたが、貴方に出会えてそれだけでも来た甲斐があった』

男は思わず目を奪われてしまう綺麗な笑みを浮かべると、流れるようなスマートな手つきで───幸田の腰に腕を回した。

人目を気にしている様子はまるでなく、それどころかグッと腕に力を込めて身体を密着させる。

「っ!?」

何をするんだ、という言葉は、残念ながら幸田の口からは発せられなかった。

驚きが過ぎると動けないものである。

何のアクションも取れずオロオロとする幸田をお構いなしに、男は腰を抱いたまま歩き出そうとした。

『アルコールなら貴方の好きな物を好きなだけご馳走します。さぁ、参りましょうか』

彼が何を言っているのかは解らずとも、腰を抱かれ連れて行かれそうになっているとは流石に理解が出来る。

行くわけにはいかない。

ここで三城を待つと約束をしたし、そうでなくても彼以外の男に腰を抱かれる謂れすらすらないのだ。

「待って。待ってください・・僕は」

行けないのだ、と口にする前に、背後からよく知ったけれど聞き覚えのない声が掛けられた。

「恭一!何をしている」

「春海さん!」

『シーゼル、どういうつもりだ!?』

珍しいまでに焦った様子を隠そうともしない三城は、二人に近づくや否や幸田の腕を掴むと強く引き寄せた。

振り返った先にある三城の表情は、怒りと焦りの入り混じったものだ。

幸田の身体は男を離れ、三城の傍らに収まる。

『どういう?誘ったら彼がOKしたんだよ。もしかして君の恋人だったのかい?』

『OKしただと?ありえないな』

『したとも。彼の手にあるグラスがその証さ』

『・・・それは英語でか?」

『あぁ?もちろん』

『残念だったな。恭一は英語がわからない』

何を言っているのか、三城の表情が一変しニヤリと勝ち誇った笑みへと変った。

『・・・なるほど。どうりでおかしな顔をしていた訳だ』

男はチラリと幸田を見ると、浅いため息と共に肩を竦めてみせた。

「あの・・・春海さん?」

「お前は何でもかんでも受け取るな」

三城はようやく聞き覚えのある、けれどきつい口調でいうと幸田の手の中からシャンパングラスを取り上げた。

彼が怒っているとは解るが、己の落ち度がいまいち解らない。

腰を抱かれたものの、それは男が勝手にした事ではないか。

「え・・・?何が?」

「誘われていたんだ、この後をな」

「えぇ!?まさか・・・・・」

「本当だ。そうでなければ腰を抱かれる訳がないだろう」

信じられない、と慌てて男を見上げると、彼は苦笑を浮かべ片手を振った。

彼は日本語が話せ、そして三城の言った事は真実だという事なのだろう。

「改めまして、シーゼル・カレラです。春海には・・・ビジネスでお世話になっています」

フワリと形の良い笑みを浮かべながら差し出されたシーゼルの右手は、残念ながら三城により払い落とされてしまった。

『シーゼル、恭一は俺の嫁だ。肝に銘じておけ』

『もちろん、知っていたら初めから手なんて出そうと考えなかったさ』

『偶然見も知らずの男を誘ったと言って通るとでも思っているのか?』

『さぁね』

「お前もお前だ。恭一。帰るぞ」

「え?でも・・・・」

パーティーはもう良いのだろうか。

シーゼルと三城を交互に見比べると、微笑を称えたシーゼルと苦虫を噛み潰したような三城の表情はおかしなくらい温度差があった。

三城は幸田の腕を掴んだまま、手にしていたグラスを一気に煽ると空になったそれをシーゼルに付き尽きた。

『俺の周りから崩すつもりだったか?卑怯な真似は控えておけ』

『さて、何の事だか』

『何の為に俺が渡米したか、覚悟しておくんだな』

三城は何事か声を唸らせると幸田の腕を無理に引き、明るい笑みを浮かべ手を振るシーゼルを無視しパーティー会場を後にしたのだった。

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腕を掴まれ引きずられるような格好のままタクシーに押し込まれ、ようやく幸田が離してもらえたのは宿泊中の客室に入ってからだった。

その間三城に呼びかけても反応を返してもらえず、困惑している。

以前にも似たような状況があったな、と思い返しても残念ながら次に取るべき行動の参考にはならなかった。

幸いその時とは違い三城が何に憤りを感じているのかは解るつもりだが、とはいえシーベルへの誘いに乗ったのは絶対的に事故だ。

三城にもそれはきちんと解っているだろうに、こうもあからさまに機嫌を悪くされては困るしかない。

客室のメインルームでネクタイを解き始める三城に、幸田は背後から細い声をかけた。

「春海さん・・・?」

「やはり恭一を一人にするべきではなかったな。俺が軽率だった」

言葉こそ自責を感じるものではあったが、けれど幸田に背を向けたままの三城の口調は冷たく嫌味なものだった。

「いくら英語が解らないとはいえ、見ず知らずの男からアルコールを受け取るとは思わなかったがな」

「っ!」

機嫌が悪いとは知っていたが、あまりの言い分である。

普段ならば聞き流す幸田も、先程見た光景が脳裏に蘇ると己を抑える事が出来ず目を吊り上げた。

「そんなの、男が男に貰って解る訳ないじゃないですか。僕は女性じゃないんです。やっぱり春海さんは女性の方がいいんじゃないですか?」

「・・・何だと?」

「さっきだって、綺麗な女の人にいっぱい囲まれてたじゃないですか。肩とか腰とかも触られてたみたいですし」

「あんなもの仕事に決まっているだろ。好きでやっている訳じゃない」

「でも、僕には関係ないです。仕事とか言われても、おじさんでもおばさんでも、春海さんを欲念の目で見られるの嫌なんですから」

言うべきではないと堪えていた想いだったというのに、一度口を突くと抑える事が出来なくなった。

これも三城の仕事であると、幸田にも本当は解っている。

だから見ないでおこうと彼から離れたし、視線を反らせたのだ。

「春海さんは凄く人目惹くし・・格好良いから、絶対女の人は狙ってます。身体とか触られてて、凄く嫌だったのに。それなのに僕には・・・男の人からお酒貰っても誘われてるなんて思いません。男同士が公然とあるなんて考えないです」

「・・・すまなかった、恭一」

呆然と幸田を見返していた三城は、解いたネクタイを側にあったテーブルの上に置くと、両腕で幸田を引き寄せ抱きしめた。

「そんな風に感じていたなど、知らなかったよ」

耳元に寄せられた三城の唇は、一変して甘い声を放った。

官能的にも感じられるそれに、抱きしめられた背中がゾクリと震える。

「考えないようにしていました。お仕事だって、僕も本当は解ってます。その・・・言い過ぎました、ごめんなさい」

「構わない。むしろ、聞けて良かった」

「春海さん・・・」

「恭一を一人にしてしまったと後悔しているのは本当だ。心細かっただろ?」

「良いんです。春海さんのお仕事の邪魔をしたくなかったから。結果的に・・ダメでしたけど」

金髪でグラマラスな美女が三城の隣に立っただけで、穏やかでいられなくなる。

女性に笑みを向けられると、それが営業スマイルだと思い込もうとしても、嫉妬してしまう。

必死で想いを堪えていたのも、仕事の邪魔をしたくなかったというのは言い訳でしかなく、こんなにも醜い感情を抱いていると知られたくなかったからだ。

だというのに、三城は嫌な顔一つせず受け入れてくれた。

「構わない。切り上げる良い機会だった。───だが、それとこれとでは話しが違うな」

「・・・へ?これ?」

「『言葉遣いを間違えれば、罰に───』」

何かを企んでいるとばかりにニヤリと笑みを浮かべてみせた三城は、幸田の身体を軽々と抱き上げた。

彼の向かう先が何処であるか、考えなくても解る気がする。

「キスだけって約束!」

「恭一はキスだけで我慢が出来るのか?俺は出来ない」

「ちょ・・・春海さん・・まって・・まっ」

「暴れるな、落ちるぞ」

幸田の制止など聞き入れてもらえる可能性の方が圧倒的に少ない。

パーティー会場とは正反対の恐ろしいほど上機嫌になった三城により、幸田の卸してもらったばかりのフォーマルスーツは脱ぎ捨てられてしまうのだった。




 
*目次*