新婚旅行リベンジ・編・26



せっかくニューヨークに来ているというのに、日中の半分は客室に───ベッドの上に居るような気がする。

渡米から数日が経ち、幸田は広すぎるベッドの上で一人うな垂れていた。

三城は事ある毎に幸田を抱こうとするし、幸田もまたそれに簡単に流されてしまう。

夜は早い時間に寝室に連れ込まれるというのに、起きるのはもっぱら昼と言って良い時間だ。

とはいえ、観光やデートもそれなりにしており、有名なスポットにも行ったしブティックを何件も回った。

聞いた事があるブランドも無いブランドも必ず高級感の溢れた雰囲気で、買い物をするのは三城の方だがその大半は幸田用である。

買ってもらったばかりの服を着て三城お勧めのレストランにも連れて行ってもらい、華やかな内装に見合った豪華な食事は見た目を裏切らず美味しかった。

パーティーの後、些細な喧嘩もしてしまったけれどその後は新婚旅行という名に相応しい幸せな時間であった。

明日は三城が朝から仕事で居らず、明々後日はとうとう帰国だ。

彼の居ない一日はどうするべきか。

折角なのだからホテルに引きこもるのも勿体無いと思うのだが、シーゼルという例がある。

英語が出来ないという理由により、一人で出かける事を三城が許してくれるかも疑問だ。

「どうしようかな・・・ホテルに居てもいいけど・・・」

深刻さの無い声でぼんやりと呟き、幸田はシーツに包まりながら寝返りを打った。

それよりも今日だ。

実質プライベートの時間は今日で最後なのだが、三城は既に予定を立てているらしく、その為か幸田よりも一足先にベッドを抜け出している。

昨日の夜は珍しく手加減もしてくれたようだし、「楽しみにしておけ」と耳元で囁いた三城の声が蘇った。

どこか遠くに行くのだろうか。

それとも本場ブロードウェイに出かけるのかもしれない。

いつかの話題で話に上ったような気もする。

旅行一番の思い出になりそうな予感を抱きながら、幸田はようやくベッドから降りた。

気乱れたバスローブを直し寝室を後にしたがメインルームに三城の姿はなく、バスルームからも音がしないので部屋に居ないのかもしれない。

「・・・・着替えようかな」

時計を見ると旅行に来てからは珍しい程早い時間で、針は午前の9時を指している。

モーニングを取るには良い時間だろう。

着替える為に寝室へ踵を返そうとしたと時だった。

大きな花瓶に飾られた花々に隠れて初めは解らなかったが、テーブルの上に白い箱が置かれているのが見えた。

見慣れたサイズよりも一回り大きく厚紙で出来たそれはより一層頑丈そうにも見えたが、三城から贈られる洋服───特にスーツ類が入っている物とよく似ている。

「・・・僕の、かな?」

昨日もその前も三城に衣類などを贈られ、その中に「いつ着るんだ」というような高級であったりデザインであったりのスーツも含まれていた。

殆どを直接日本の自宅に送っているとばかり思っていたが、これはホテルへ届けてもらうようになっていたのだろうか。

外包みがないのが気になるが、もしも自分の物なら見てみたい。

幸田は箱の正面に立つと箱に両手をかけた。

封はしていないようだ。

もしも三城の物ならサイズが違う為直ぐに解るだろうし、それに開けて見たぐらいで彼が怒るとも思えない。

見られて困るような物を置きっぱなしにする人でもない。

大きな蓋を重みを感じながら持ち上げると、中に入っていたのは確かにスーツと言って間違いでない物ではあった。

「・・・・・え?」

だが、それよりも相応しい呼び方がある。

「タキシード・・・だよな?」

純白の、一目見ただけでも仕立ての良さがこれでもかと伝わってくるタキシードが、箱の中で綺麗に飾られている。

まるで額縁の中の芸術品のようなそれに、幸田は触れる事さえも出来ずに魅入ってしまっていた。

「どうだ?気に入ったか?」

「え?」

後ろからフワリと肩を抱かれたかと思うと、三城の甘い声が頭の後ろから聞こえた。

いつからそこに居たのか、疑問に感じでも聞く事すら出来ない。

「春海さん・・・何、これ?」

「何に見える?」

「タキシード、だよね?」

「あぁ、そうだな」

「僕の?」

「それも正解だな」

「・・・・どうして?」

どうして、タキシードなどを。

パーティーに行くならばともかく、それは数日も前に終わったじゃないか。

他にそんな物が必要な場面など、いくつも思いつかない。

「そりゃぁ、結婚式には純白の花嫁が必需品だろ?」

「・・・、・・・。誰の?」

声が、震える。

まさか、という言葉ばかりが頭の中をグルグルと回り、思考が上手く纏まらなかった。

目の前の純白のそれから視線が外せず、三城を振り返りも出来ない。

「俺と恭一の、に決まっているだろ。その為にアメリカまで来たんだ」

後ろから腕を回され抱き込まれる三城の体温が、まるで解らなかった。

ただただ肩が震え、立ち尽くすばかりだ。

「ニューヨークは無理だが、隣のニュージャージー州は同性愛結婚が認められているんだ。だから、男同士で結婚式を挙げても誰も驚かない。」

「・・・・」

「神様なんて信じないが、お前には誓いたい。永遠の愛ってやつを。───着てくれるだろ?」

「・・・。」

三城はいつも突拍子なくて。

先の予定を教えてくれない事も多くて。

驚かれるばかりで、この新婚旅行にしたってそうだ。

自分一人で何もかも決めて、こんな大切な事すら。

「恭一?」

「・・・・・はい」

思わず溢れてしまいそうな涙を、唇をかみ締める事で耐えた。

何もかも一人で決めてしまって、そして胸を揺らすのだ。

予想も出来ない出来事をいきなり目の前に提示して、嬉しさと喜びをこれでもかと沸き起こさせるから。

三城と居ると、男同士であるなんて何一つ問題がないような気になってしまう。

26年間、知らなかった感覚だ。

真っ白なタキシードが、揺らいで見えた。

そっと指先で触れたそれはとてもしっとりとしており、これを着るのかと思うと目頭が更に熱くなったけれど、こんなところで泣くには早すぎる。

「───はい、もちろんです」

振り返る事がやはり出来ず、胸の前に回された三城の腕にしがみ付き、小さく何度も頷いたのだった。




 
*目次*