新婚旅行リベンジ・編・27


ニュージャージー州は、ニューヨークに隣接する緑豊かな土地である。

アメリカ合衆国で一番人口密度が高く、産業地としても観光地としても栄えている地域であり、三城が言った通り同性愛結婚が法的に認められていた。

アメリカの東部にはそういった州が固まっているらしく、三城が留学していたマサチューセッツもその一つだという。

「当時の友人にも同性愛者は結構いたな。だから恭一がゲイだと知っても驚かなかったというのもあるかもしれない。まさか自分がそうなるとは考えもしなかったが」

「・・・春海さんは誘われなかったの?」

望む望まないは別として、三城程の容姿があれば男女問わず好意を寄せられていたはずだ。

大学生という人生の中でも一番自由に恋愛が出来る時期ならば尚更に。

「さぁな。覚えていないな」

軽く笑みを含んだ口調であっさりと流す三城に、これ以上詰め寄る事は出来なかった。

だが、記憶力抜群な彼が覚えていないなどありえないだろう。

「・・・別に、いいけど」

「なんだ?嫉妬か?」

「そんなんじゃ・・・ただ聞いただけで」

「安心しろ。男と深い仲になったのは正真正銘お前だけだ」

そんな風に言われると、更に口を噤むしかない。

その上、新婚旅行最中にそれも挙式に向かおうとしている最中、過去の恋愛の話を持ち出す程無粋な事もないだろう。

軽率な己の発言に自嘲のため息すら漏れてしまった。

だというのに。

「俺としては嫉妬でも一向に構わないが?」

幸田の反省など笑い飛ばしているかのような言葉を三城が続けるから。

せっかく落ち着けようとした感情が、また溢れてしまいそうになるのだ。

「嫉妬・・じゃないけど、ちょっと気になっただけだから」

何故か、少しだけ意地悪な気持ちになっていたのだ。

女性のマリッジブルーのようなものなのかもしれない、と勝手に解釈をした。

入籍はとっくに済ませているし、挙式だって嫌な訳ではない。

ただ、そう、照れ隠しなのだと思う。

窓の外を眺めながら呟くと、三城の手がポンポンと幸田の頭を撫でた。

無言のそれは、甘い言葉を囁かれるよりもくすぐったい気分にさせられてしまう。

「・・・」

チャペルへは三城の運転するレンタカーで向かっていた。

そこまでは公共交通機関かせいぜいタクシーを利用するとばかり思っていたので、ホテルの前に用意されていた車の運転席に三城が乗り込んだ時にはとても驚いた。

彼は自動車の国際免許なる物も取得しているらしく、つくづく何でも出来る男だ。

ローランから聞いた昔話も驚きの連続ではあったが、この分ではまだまだ幸田の知らない何かが有りそうである。

交通ルールも何もかもが日本と違う地での運転は困難ではないかと三城に聞くと、日本でも左ハンドルで運転をしている為そんなに差は無いと簡単そうに言うのだが、こういう時の彼の言葉はあまり当てにならない。

ニューヨークを出発して2時間と少しが経つと、車窓に映る景色はガラリと変わっていた。

緑多い山が見え綺麗な川もある。

そしてなんといっても美しい海岸線が幸田の目を奪った。

「わー、凄く綺麗」

「ニュージャージーは観光地だからな。自然の美しさはもちろんだが観光客用に設備も整えられている」

「へぇ、そうなんだ。来た事あるの?」

「何回かな。・・・誰と来たか気になるか?」

「ならないよ・・・けど、誰と来たの?」

「日本人の学友だ。あぁ、室町を覚えているか?あいつだ」

「え・・あぁ、あの警視さんの」

すぐには思い出せなかった名前に、どこか懐かしさを感じる。

三城の友人───親友だという室町という男と会ったのは一度だけ、それも自分が容疑者とされてしまった殺人現場で、でだ。

「俺と違ってあいつは短期で行ったり来たりをしていたからな。アメリカの思い出にと来たがったんだ」

「へぇ・・そっか。じゃぁ、案内してもらえるの?」

「馬鹿を言うな。俺たちにそんな時間はない」

「挙式って時間がかかるもの?」

披露宴や二次会があるならばともかく、二人きりのそれが一日がかりとも考えていなかっただけに首をかしげた。

女性のようにメイクに時間をとられるとも思えないし、始まってしまえば数分では終わると考えていたのだ。

不思議そうな幸田の視線を受け、三城はニヤリと唇を歪めた。

「花嫁はそのまま持ち帰ると決まっているものだろ?」

「え?」

「知っているか?ドレスを贈るのは着せたいからじゃない、脱がせたいからだ」

「春海さん!」

昼間から何を言っているのだ。

そもそも贈られたのはドレスではない。

明らかな赤面を浮かべる幸田に、三城はフロントを見ながらからかっているとはっきりと伝わる笑いを向けた。

「・・・」

「拗ねるな。もう直ぐ到着するぞ」

「あ・・うん。どうしよ、緊張してきた・・・」

披露宴には出席した事はあるが教会での挙式参加すらも未経験で、どのような流れが組まれているのかも曖昧な知識しかない。

ヴァージンロードは一人で歩くのだろうか。

そして牧師とはいえ人前でキスを───誓いのキスをしてしまうのだろうか。

想像するだけでその流れの数々に羞恥が沸き起こる。

「恭一、どうした?」

「ううん・・えっと、照れくさいなって」

「そんな事か。始まってしまえばなんて事はない」

「・・・なんか、経験者みたい・・・」

「まさか。何事もそうであるというだけだ・・・、見えてきたぞ、あれだ」

さも何でもないとばかりに言うと、三城は視線で前方に見える建物を指して見せた。

その先にあるのは緑多い公園に隣接する教会だ。

「わぁ・・・」

まるで木々の中にひっそりと立つ印象を受けるそこはとてもひっそりとしており、二人きりの挙式にはぴったりだという印象だ。

近づくにつれはっきりと見えてくる外観は清らかな白で、茶色い扉が可愛らしい。

決して派手ではないが、清潔感のある美しい教会である事は間違いがなかった。

傍らの駐車スペースに車が滑り込み停車し、二時間以上座りっぱなしだった身体をほぐすようにそこから降りた。

「まずは挨拶だな。手続きなどもある。行こうか」

「あ、うん」

三城の腕が極自然と幸田の腰を引き寄せる。

太陽光の下で身体を寄せ合うなど滅多に無い事だけれど、とても良い物なのだと頬が緩んでしまう。

緊張よりも興奮が先に立ち、二人は小さな階段を並んで上がったのだった。




 
*目次*