新婚旅行リベンジ・編・28



挨拶兼打ち合わせは滞りなく進んでいるらしい。

神父とチャペルスタッフ2名を前に英語で交わされる会話を、当然幸田は理解出来ないままである。

そして三城は通訳をする気もないようで、幸田にとっては見慣れない営業スマイルを浮かべながら談笑を交わしていた。

彼の独断専行などいつものことだ。。

その上、三城の選択が間違っていた結果も限りなく少なく、この場合は彼に任せる事にした。

たとえ言葉が解ったとしても、ウエディングプランは既に大まかに決まっているだろうし、そうでなくても自分の意見を反映してもらえるとも思えない。

三城が幸田に伺い立てない、という事はそういう事である。

(別にいいけど・・・)

ただ言葉を理解しないままでも解るのは、チャペルスタッフが好意的であるという事だ。

男同士であるとう偏見の視線は皆無で、それどころか「おめでとう」とばかりの笑みを浮かべている。

結婚式専用の教会であるチャペルのスタッフは聖職者ではないだろうに、彼らがとても白く見えてしまった。

そもそもキリスト教では同性愛は認められていなかった気がすると脳裏を掠めたが、宗教や時代背景には疎いので考えない事にした。

それほどまでに、ゲイとして後ろ暗くもあった人生を送ってきた幸田には衝撃的だったのだ。

まさか、日中にゲイストリートでも無い場所の人前で三城に───恋人に腰を抱かれているなんて。

多少の恥ずかしさはあるもののそれを受け入れられている自分にも不思議なものを感じでいた。

やはり海外へ来ているという開放感からだろうか。

「恭一、式は一時間後。控え室は2つ用意してくれているらしい」

打ち合わせは終わったのか、三城は幸田を見下ろした。

彼は書類を手にしていたが、もちろんそれも英文の為幸田はすぐに視線を外す。

帰国したら真面目に英語を勉強するべきかもしれない。

「あ、うん。そんな、一緒で良かったのに」

「それもそうなのだが、男女の場合はそうはいかないだろ?それと一緒だ」

「・・・あぁ、なるほど」

お国柄もあってか「差別をしない」という意味なのだろうが、そんな事よりも三城と離れるのは言葉の面で不安である。

心情が顔に出てしまったのか、幸田の肩に三城が手を置いた。

「着替えたらすぐに行くから、心配するな」

「・・・うん」

確かにただ着替えるだけなのだ。

他の誰にも会わないなら当たり前だが言葉など必要もないし、その為不安になる事もない。

だというのに感じる「一人になる不安」はどこから来るものなのだろうか。

「さ、着替えに行くぞ」

一旦車に戻り、トランクから出したタキシード入りの箱を二つとも三城が抱え、控え室へと向かう。

それはチャペルの直ぐ隣に設置されており、細い廊下に数個並ぶ扉の一つに幸田が通された。

「わ・・綺麗」

白い壁紙に白いレースのカーテン。

味わいがある深い色のドレッサーと小ぶりのテーブル。

華美な物といえば、テーブルに飾られた花瓶の花くらいなのだが、大きな窓から差し込む光も伴ってかそこはとても綺麗に映った。

「人生の門出を準備する場所だからな。邪気の入らないように考えられているのだろう」

いささか幸田の感情とずれている気もするのだが、三城は何でもないようにあっさりと答えると抱えていた箱をテーブルに置き、「後で」と部屋を後にした。

「やっぱり何か、緊張するな・・・」

さっそく箱を開けると、中からあのタキシードを取り出す。

手に取ってみるとやはりそれが上質であると伝わって来るし、そして目を奪われる美しさも引き立つ気がした。

ドレスシャツやベスト、ネクタイや他にも細やかなパーツを丁寧な仕草で身につけていったが、タキシードなど初めて着る為これで合っているかも不安だ。

考え考え、ともかく全てを着用し終わった時には三城と別れてから30分弱が経っていたようだ。

鏡を覗き込み髪を整える。

そこに映った自分の姿に、頬が赤くなってしまった。

「・・・七五三みたい」

照れ隠しに呟き、逃げるように鏡から離れた。

「春海さん、着替えたかな」

着替え終わったら来ると三城は言っていたが、まだ来ないのだとすれば自分から向かうべきか。

とりあえず携帯に連絡をいれようとした時、扉が軽やかにノックされた。

「あ、はい!」

きっと三城だ。

他の可能性を考える間もなく勢いよく扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。

「・・・」

恰幅の良い彼女とは先ほど会っている。

打ち合わせの時に神父の隣に居たチャペルスタッフの40代後半と思える女性だ。

彼女は手に一輪の花を持ち幸田の前に立った。

『あら、よく似合っているわね。貴方のパートナーもとても素敵だったけれど、それ以上よ』

ニコニコと微笑む彼女が何の為にやってきたのか解らないが、幸田はオロオロと辺りを見渡した。

やはり早く三城と会うべきだったのだ。

手にしていた携帯を開こうとしたが、彼女の手が幸田の胸元に伸ばされたので、反射的に動くのを止めた。

彼女の手を、ただ視線で追う。

『きっと幸せになれるわ』

静かな声で囁きながら、彼女は白いゆりの花を幸田の胸に挿した。

「あ・・・」

大振りなそれは、一つでとても凛と咲き誇っている。

ゆりの刺さった自分の胸元をじっと見ていると、不意に名前も知らない彼女に両手で抱きしめられ、ポンポンと力強く背中を叩かれた。

「え・・・」

「Congratulation[コングラチュレーション]」

彼女は母親程の年齢だろうか。

髪の色や目の色はもちろん、どこをとっても実母とは似ても似つかないのだが、何故かとても暖かい気持ちに包まれた。

特別母親と仲が良かった訳ではない。

両親の死に今更涙する日もない。

けれどやはり、生きてそして祝福して欲しいなと思う時もあるのも事実だった。

「さ・・・サンキュー」

照れた笑みを浮かべた幸田のつたない言葉にも、彼女は優しい笑みを返してくれたのであった。





 
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