新婚旅行リベンジ・編・29


彼女の名前がアニベスであるとはなんとか理解が出来た。

早口の英語で何事かをまくし立てたアニベスは幸田の肩を強く叩くと部屋を後にし、彼女は笑顔を絶やさなかったものの言葉が通じていないと察したのかもしれない。

一息吐く間もなく入れ違うようにノックが鳴らされたかと思うと、今度こそ三城が現れた。

「待たせたな。打ち合わせの確認をしていたので遅くなってしまった」

軽い笑みを浮かべてみせる三城は───今までに見たどの彼よりも格好良かった。

「ううん、大丈夫」

光沢のある黒のタキシードに身を包み、白いドレスシャツは幸田の物とお揃いだろうか。

胸に光るシルバーのネクタイとネクタイ飾り、胸のポケットチーフが引き締まった中にも甘さを感じさせる。

フワリと微笑まれれば見惚れてしまうのは当然で、片手を差し伸べられると自然とその手を取ってしまい、まるでお姫様のエスコートだと気がついた時には、幸田は三城の腕の中にいた。

「百合を飾って貰ったのか。良く似合ってる」

極近い距離で見つめられ、頬が赤く染まるのが自分でも解る。

いくら結婚式の前のカップルだとはいえこんな場面を誰かに見られるのは恥ずかしいと思うのに、けれど三城から離れようとも出来ない。

大好きな彼の面持ちに引き寄せられ、釣られるように目を細めた。

「春海さんも。凄く、格好良い」

「ありがとう。恭一は───綺麗だ。今までに見た花嫁の誰よりも綺麗で、綺麗過ぎて困ってしまうな」

いつもどんな言葉であっても臆面も無く言ってのける三城が、珍しく照れているようだ。

自信家で高慢ですらある三城だというのに、今はこれでもかと優しげな光を瞳に称えており、この時ばかりは幸田も彼と全くの平等であると思えた。

期待と不安と、それよりも多くの幸福の中ただ相手しか見えていない。

生きていく上で無視の出来ない社会性や世間体などのしがらみなどお構いなしに、ただ相手だけを選んでいるかのような感覚に陥る。

「大勢の人に見せびらかしたいような、俺だけの秘密にしてしまいたいような。複雑な心境だな」

「そんな・・・」

何を言っているのかと笑い飛ばしたいというのに、三城の言葉が視線があまりに真剣でそうとは出来なかった。

グッと腰を引き寄せ身体を密着させられる。

それがあまりに力強いものだから、着たばかりのタキシードが皺になってしまうのではないかと不安になってしまう程だ。

「まだ言っていなかったかもしれない。それに、今までも十分だったのだが───これからはもっと幸せにしてやる。いや、幸せになろう」

「・・・はい」

まだ式が始まってもいないというのに涙を誘うセリフを言わないでほしい。

幸田は三城の視線から逃れるように顔を反らすと、大きな窓からカーテン越に差し込む光を見た。

三城もそれを追う。

「まだ知り合って一年と経っていないなんてな。去年の今頃はこんな姿想像も出来なかったよ」

「僕も」

一年前、自分は何をしていただろうか。

しがない予備校教師で、性癖に後ろめたさを感じながらそれでも一人は寂しくて男と付き合って。

心よりも身体の繋がりの方が強く、けれど男同士なんてそんなものだと思っていた。

だというのに三城と出会い、それだけでは無いと教えられた。

男は幸田が初めてだと言いながらも、同姓同士にという事実に何も引け目を感じないかのような三城。

彼が連れて行ってくれたカップル向けのレスランやデートスポットにおろおろとするのも最近ではましになったと思う。

「いろいろあったな」

「うん」

相手の為に出来る限りを尽くしたいと考え、相手の行動に一喜一憂する。

甘い恋心や醜い嫉妬心も覚えたけれど、その全てが幸せであり、それはこれからも続いてゆくのだろう。

「そろそろ時間だ」

暫しの沈黙の後おもむろに身体を離した三城は、幸田の左手からそっと指輪を外した。

「え?」

「ここには神の前で指輪を嵌める決まりだろ?」

「あぁ、そっか」

確かにそうだ。

ヴァージンロードをヴァージンで渡る訳ではないように、結婚指輪も随分と前に貰ったものなのですっかり失念してしまっていた。

ふと見ると三城もまた指輪を外している。

そこに再び指輪を戻すのは自分の役目なのだろう。

「行くか」

「はい」

久しぶりに何もつけていない指を握り、幸田は目を細めた。

幸せで幸せで怖いほどだ。

『ハルミ、キョーイチ、時間になりましたよ』

タイミングを計ったかのようにノックの音が三度鳴らされ、扉の向こうからはアニベスの明るい声がする。

高鳴り続ける鼓動が更に速度を上げる中、三城に腰を抱かれ控え室を後にしたのだった。


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アニベスに案内され、ガーデンスペースに面した教会の入り口の前にスタンバイした。

教会のメインゲートである木製の荘厳な両開きの扉には左右の取っ手にそれぞれ色取り取りの花が飾られている。

『オルガンの音が聞こえたら扉が開くわ。ゆっくりと歩くのよ、いい?』

「ゆっくりと歩けと言っている。転ぶなよ?」

「転ばないよ・・・」

笑いを含んだ軽口を叩き合っても緊張が和らぐ事は無く、幸田は手の中のブーケを握り直した。

真っ白なカサブランカの豪華なブーケはとても美しいが、タキシードには不釣合いな気がする。

けれどあまりに三城が「綺麗だ」「綺麗だ」と褒めるものだから、彼が良いならそれで良いのだろうと納得してしまった。

両手でそれを持った幸田の腰を三城が抱く。

緊張をしているとは言っているものの、やはり三城は彼らしい堂々とした自信に満ち溢れた表情である。

惚れ惚れとする面持ちがスッと心を落ち着かせた。

緊張も大概にしないと、本当に転倒してしまっては笑い話だ。

────ッ

パイプオルガンの音が壁越しに聞こえる。

式はいよいよ始まった。




 
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