新婚旅行リベンジ・編・30



身長の倍はありそうな大きな木製の扉が内側から開けられると、その先には煌びやかな世界が広がっていた。

ホテルやパーティー会場で感じた豪華さとはまた違う、ステンドグラスが織り成す色彩がとても美しい。

オルガンの音に合わせるように、三城が一歩踏み出した。

「・・・・」

打ち合わせの時にチャペル内を見てはいたが、ヴァージンロードの上からの視界はまた一段と違って見える。

正面にある高い天井からつづくステンドグラスや、祭壇と金に輝く十字架。

左右にはいくつもの細長い椅子が並び───誰も居ないとばかり思っていたそこに人影があった。

(え・・・)

三城からは誰も参列者は居ないと聞いていたというのに。

最前列から二つ目に一人の女性が座っており、徐々にはっきりと見えるその面持ちは───

(お義母さん!?)

薄ピンクのスーツを着た沙耶子が、二人を振り返りながらカメラを片手に手を振っていたのである。

沙耶子のカメラのフラッシュがたかれる。

二人きりだとばかり思っていたので不意の沙耶子の登場に驚きを隠せないものの、自分たち以上に嬉しげな笑みを浮かべる彼女を前に綻ぶ頬を止められない。

諦めていた恋人との関係を祝福されるという幸せを、三城と居ると容易に与えられるのだ。

こんなにも贅沢な瞬間はないだろう。

思わず手を振り返したくなる衝動を堪え、ただ笑みを返すだけに抑えた。

祭壇の前で立ち止ると、神父の誓いの言葉が始まる。

言葉が理解出来なくても、その重々しい空気、神聖な雰囲気は全身を包むかのような錯覚に陥った。

『───神に誓いますか?』

『はい、誓います』

『は、い』

たどたどしく、三城の後を追う。

簡単な一言であっても言いなれていないとなると詰まるものだ。

『では、指輪の交換を』

神父がリングクッションを取り出すと、その上には僅かにサイズの違う二つの指輪が置かれていた。

三城の指が幸田の手を持ち上げ、そっと壊れ物でも扱うかのような手つきで指輪が嵌められる。

「恭一、愛してる。何度でも誓わせてくれ、永遠に愛すると」

「・・・春海さん」

潤みそうな瞳で三城を見つめたが、ふと指に視線が行くと───違うのだ。

今、三城の手により嵌められた指輪は、数ヶ月前彼により贈られたあの指輪ではなかった。

結婚指輪なんてどれも似たり寄ったりだろうし、これにしたって劇的に違うという訳ではないのだが、けれどいくら幸田でも解る。

だというのにあの三城が気づかないはずが無いだろうし、それ以前にサイズはピッタリだ。

だういう事だといぶかしむ中、それでも微笑を浮かべ「早く」と言わんばかりの神父に後押しをされ、幸田はもう一つの指輪を手にした。

三城の自分よりも一回り太く大きな指に、緊張に震える手つきでそっと指輪を通す。

「───」

こうして、三城に触れるのは初めてかもしれない。

「えっと・・・その、春海さん、大好き───愛してます。ずっとこれからも、よろしくお願いします」

普段ならば恥ずかしいはずのセリフが易々と零れる。

(あ・・・)

ステンドグラスから漏れる光が、三城の面持ちを照らしまるで魔法か何かのようにとても綺麗だった。

『誓いのキスを』

「恭一・・」

三城の手が、幸田の頬に触れる。

もう一方で腰を引き寄せられると、三城の唇が幸田の唇に触れられた。

「・・・」

「・・・・・」

甘くて、切ないまでに幸せで。

人前だというのに、そこに羞恥心は刺激されなかった。

幸せで幸せで。

ただそれだけで。

教会の祝福の鐘が鳴らされ、三城の唇が離れると再びオルガンの音が響いた。

恭一は新しい指輪が嵌められている指でブーケを握りなおし、三城に腰を抱かれたまま退場である。

その時、沙耶子の目に光るものを見たのは気のせいだろうか。

厳かな雰囲気の中退場をしても、当然ながらそこには誰も待ち受けてはいなかったが、数段の階段を下りた頃足早に沙耶子が追いかけて来た。

「おめでとうー。春海、恭一さん」

晴れやかな沙耶子の声に振り返ると、自ずと満面の笑みが零れる。

「お義母さん」

「母さん・・・」

「春海さん、やっぱり呼んでたんだ」

「・・・呼んでなんていない。・・・どうして来たんですか」

「あらやだ。そんな来て欲しくなかったみたいに」

にこやかに沙耶子は微笑むが、三城の明らかな不機嫌振りから元敏腕弁護士と名高い彼女が、彼が歓迎していないと解らない筈もないだろう。

一方幸田はといえば、そんな事は気にもかけず沙耶子に笑みを向ける始末である。

「僕は、すごく嬉しいです。遠いのにわざわざ僕達の為に来て頂いて・・・」

「いいのよ。この後何人かのお友達とお食事をして、アメリカ本国を満喫して帰るわ」

「そうですか」

「春海は・・・本当に来てほしくなかったみたいね。恭一さんの綺麗な姿を見せたくなかったのかしら?それとも自分の姿を見られたくなかったのかしら?」

「・・・別に」

「そう。安心なさい、私はすぐに退散するから。さ、並んでちょうだい。記念撮影をしなくっちゃ」

「え?」

「さぁさ」

沙耶子に促されるまま、二人は教会の前に並ばされた。

眉間に皺を寄せている三城も沙耶子の命令には従うしかなく、また幸田があまりに素直なものだから否とも言えない状況なのだろう。

「もっと寄り添って。もっと右よ、そう」

あまりに沙耶子があれこれというものだがら、不機嫌そうにしていた三城も数枚撮られた最後は観念したように微笑を浮かべている。

「母親なんていつまでたっても子供扱いだ」

「そうかもしれませんね」

───パシャッ

青空の下、幸田の笑顔が大輪の花となり咲き誇ったのだった。




 
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