新婚旅行リベンジ・編・31


本当にあっさりと、お茶の一杯どころか控え室に顔を出す事すらなく、沙耶子は帰って行った。

なんでも、今晩にもどこぞのお友達宅でパーティーだそうだ。

年齢を感じさせない軽い足取りを見ていると流石の一言である。

「お義母さん、送っていかなくて良かったの?」

「勝手に来たんだ、帰るのも勝手にすればいい」

「そんな薄情な」

「薄情なものか。二人きりの式だと思っていたというのに、とんだ邪魔が入った」

「そう?僕は邪魔とは思わなかったけど」

沙耶子を見送った二人は、とりあえずという事で幸田の控え室に戻っていた。

テーブルの上にはティーポットにお茶が用意され、フレーバーティーだろうか砂糖を入れなくてもほんのりと甘かった。

「そういえば、指輪どうして違う物なの?」

「あぁ。これはマリジリングだからだ」

「前のは?」

「エンゲージリングだ」

「そんなの今初めて聞いたよ・・・」

「さっき決めたからな。そりゃぁそうだろう」

「何それ・・・」

改めてじっくりと見てみると、新たに左指を飾っているそれは上下に鏡面仕上げのラインが入っており、中央はマッド仕上げになっている。

細さは以前の物と同じ程だがより凝ったデザインになったという印象だ。

「こっちの方がお洒落かもしれないけど。前のも結婚指輪だって言ってたじゃないか。結婚指輪なんていくつも変える物じゃないよ」

「まぁ、そう言うな。一番の違いは外見じゃない」

「え?」

「中を見てみろ」

悠然と、背もたれに背を預けカップを口に運ぶ三城に不思議そうな視線を送りながら、幸田は言われるがままに指輪を外した。

細い指輪の内部に彫りこまれたアルファベット。

「えっと・・・HtoK・・?」

「そう。俺のはこれだ」

カップを置いた三城が指輪を外し、それを幸田へと渡した。

「えっと・・・」

KtoH。

内部に刻まれたそれは、幸田の物と間逆になるように彫られていた。

「正確にはお前から贈られた訳ではないが、結婚指輪とはそんなものだろう。わかったら、指輪は金輪際外すなよ?」

「え・・・うん」

以前の三城の指輪には何も彫られていなかったと記憶してる。

幸田の物にしても違う文字だ。

一番の違いがこの文字だと言うのなら、三城はその為にわざわざ指輪を作り直したというのか。

「でも・・・」

「何だ?前の方が良いとか言うなよ」

「そうは言わないけど。確かに前のには愛着はあったけど、これはこれで凄く綺麗だし」

「だったら問題はないだろ?」

「そうなんだけど」

上手く言えないが、どこか腑に落ちないのだ。

元のように左手に戻した指輪は確かに綺麗だし、「これこそがマリッジリングだ」と言われればそれまでなのだが、素直に頷けないでいる。

「恭一、以前の指輪を贈った時の事を覚えているか?」

「え?」

「『養子縁組は嫌だ』と俺は言ったんだ」

確かに、それははっきりと覚えている。

その時はそれが当たり前だと感じていたし、今だってこうして三城の籍に入れた事を奇跡のようにすら思っているのだ。

三城は養子縁組が同性愛者の中でポピュラーな方法だと言っていたが、少なくとも幸田の周りにはそうとしたカップルは一組もいない。

「あぁ、うん。言われたね。まさかこんな事になると思わなかったし・・・だからなの?」

「そうだな、それもある」

「それだけじゃないんだ?」

「俺も感情の全てを上手く説明出来る訳じゃない。ただ、けじめをつけたかったんだ」

「・・・けじめ?」

「状況が変わって、より一層お前を俺のモノに出来た、という事だと思っておけ」

「・・・うん」

三城の話は時に不明確である。

そしてその場合の多くは理解出来ない自分こそが悪いような気がしてしまい、頷くしかないのだ。

「これは、前のモノよりも重いぞ?」

椅子を小さな音を立てて立ち上がり、三城はニヤリと笑って見せた。

「指輪の重さなんて・・・」

目の前に手を突き出して見てみても、大きさなんて以前のモノと大して変わらない。

その為重さなど数グラムの差も無いように思える、と首を捻っていると頭上の彼の視線が鋭く変化した。

口元は小ばかにしたような笑みを浮かべているというのに、瞳はやけに真剣だ。

無言で語るとはこの事だろうかと息を呑む。

「・・・重い、か」

「あぁ、重いさ。世界がひっくり返るくらいな」

「大切にしなゃ」

「大切になどしなくていい。ただ外すな。それだけだ」

断言的な口調で言った三城は、立ったままカップに残されていた紅茶を飲み干した。

「俺は少し済ませる用があるから、お前はこのまま待っていろ」

「わかった。これは着替えてもいい?白は汚れるから」

「ダメだ。このままと言っただろ。それほど時間も掛からない。わかったな?」

偉そうにも取れる程の命令口調で続けたというのに、最後の一言だけはとても優しげに囁くから。

どんな風に何を言われてもそれを許してしまうのだ。

「わかった」

いってらっしゃいと手を振られ、三城は幸田の控え室を後にしたのだった。


*****************

数分後、一人戻って来た三城を見ると正直唖然とした。

「春海さん、なんで」

「さ、帰るぞ」

有無を言わさず、さも当たり前だとばかりに、部屋に入る事すらなく一言告げると三城はそのまま幸田に背を向けた。

「待って、僕も着替える」

「必要ない」

慌てて三城に声を張り上げたが、取り合ってはくれなかった。

こうとなった彼が意見を変える場面が極めて少ないと知ってはいるが、やはり納得が出来ない。

何故なら、幸田には着替えるなと言いながら三城はしっかりと着てきた私服なのである。

廊下へ顔を出すと、既に外へ出る扉の前に居る三城が振り返った。

「そんな事よりも早く荷物を取って来い。手伝って欲しいのか?」

「それぐらい一人で出来るけど・・・」

「いい子だ。早くしろよ」

まるで子供にでも言い聞かすような口調で言うから。

反撃したいはずなのに言葉が出ず、しかたがないなと諦めてしまうのだ。

こんな事ではいけないな、と思いつつも幸田は自分自身に苦笑を浮かべながら控え室に荷物を取りに戻ったのだった。



 
*目次*